コロナ禍の自粛ムードもすっかり明けて外食をする機会も増えてきた。特に年末から春先にかけて忘年会や新年会、歓送迎会など会社行事として飲み会が企画されることもあるだろう。一昔前であれば上司が音頭を取って忘年会をやると言えば内心はどうあれ参加するのが当たり前だったが今は少し状況が異なるようだ。
「忘年会に参加したら残業代出ますか?」
このようなことを言われたがどう対応したらよいか?という企業からの相談は少なくない。
残業代が支給されるのであれば飲み会であっても労働時間となる。飲み会が労働時間として扱われるのなら、会社の指揮命令下にあるため賃金の支払い義務の他、ケガをした場合の労災補償などの問題にも発展する。経営者や上司としてはそんなことは考えず楽しく飲み会をしたいところだが、強制的に参加を促せばハラスメント問題にも発展しかねず慎重な対応が迫られる。
そこで、会社の行事が労働時間となるのはどのようなケースか? 企業の人事労務管理に携わる社会保険労務士の立場から考えてみたい。
労働時間とは何か?
労働基準法では労働時間について使用者は「労働者に休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない」「休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない」(労働基準法第32条)と定められているのみで、その内容について具体的なことは書かれていない。
労働時間に関する議論で参考になるのが「三菱重工業長崎造船所事件(平成12年3月9日/最高裁判所第一小法廷/判決)」だ。この判例では、会社の命令により「場所や時間を指定してその場にいることが要求されていて」「その要求に応えないことによる不利益がある」状態を労働時間とされれている。
忘年会が労働時間になるケース
忘年会が会社行事として行われ、強制参加なのであれば労働時間にあたると考えられる。強制参加としなくても「○○さんは積極的に飲み会に参加してくれるから評価が高い」などと間接的に不利益を受けるような印象を与えるのも問題があるだろう。
参加しないことで給与が減らされるなどペナルティがある場合には当然に労働時間とカウントされる。
つまり、形式的に自由参加としても「基本的にはみんな参加している」「若手・新人は参加するものだ」と実質的に参加を強制したり、「参加しないと今後の人事評価に響く可能性がある」と不参加による不利益を匂わせるような言動があったりすると会社からの要求があったとみなされる可能性が高い。
労働時間性の判断はあくまで個別具体的なケースごとに行われるが、前出の三菱重工業長崎造船所事件から考えると以下の条件が主な判断基準として考えられる。
・参加が強制されている(実質的な強制も含む)
・飲食代金が会社の福利厚生費から支払われている(会社行事として行われる)
・参加しないことへのペナルティがある(実質的、間接的なものを含む)
1つしか当てはまらないから良いとか、2つ以上当てはまるとダメとかではなく、判断はケースバイケースになるが、3つすべてに当てはまるようであれば労働時間とカウントするべきだろう。これは社内行事としての飲み会だけでなく取引先との接待等でも同じことだ。
裁判における労働時間性の考え方
労働時間性がある=給与の支払い義務が発生する、となるため会社にとっても社員にとっても仕事か仕事ではないかは非常に重要な境目だ。労働時間性について過去の裁判事例として着替えや仮眠時間、歓迎会について、以下のような判例がある。一見すると労働から離れているような場合でも労働時間に当たると判断されている点に着目したい。
●三菱重工業長崎造船所事件(平成12年3月9日/最高裁判所第一小法廷)
労働者の作業服及び保護具等の装着・準備体操場までの移動等が労働時間に当たるかどうかが争われた事件。裁判所は「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内で行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、労働時間に当たる。」と述べ、着替えや移動時間などが労働時間に当たると判断している。
●大星ビル管理事件(平成14年2月28日/最高裁判所第一小法廷)
ビルの管理業務を担っていた労働者が泊まり勤務の間の仮眠時間が労働者に当たるかが争われた事件。裁判所は「従業員は労働契約上の義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに対応することを義務づけられており、仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず労働時間に該当する」と述べ、仮眠時間であっても労働時間に当たると判断している。
●行橋労働基準監督署長事件(平成28年7月8日/最高裁判所第二小法廷)
有志で行われた外国人研修生との歓送迎会に上司の意向により参加せざるを得ない状況になり、会の終了後、研修生を自宅まで送迎した際に起こした事故による負傷が業務上の災害に当たるかが争われた事件。裁判所は「会社員は、上司の意向等により歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、歓送迎会終了後に職場に戻ることを余儀なくされた。歓送迎会は会社の事業活動に密接に関連して行われたものというべきである。」と述べ、歓送迎会後の送迎時間も労働時間に当たると判断している。
■会社としてどのような準備をしておくべきか
忘年会や新年会に話を戻すと、会社の公式行事として忘年会を実施するのか、各部署などの判断にゆだねるか立場を明らかにしておくことが考えられる。公式行事として開催するのであれば当然労働時間として実施するべきだが、有志による開催とする場合にはあくまでも自由参加とし、参加を強制する言動は禁止する旨を徹底しておくことが重要だ。
業務時間とはならない飲み会であっても飲酒を強要したりお酌をさせたりなどハラスメントにならないよう特に上下関係の視点から管理職を中心に指導しておきたい。
忘年会に参加したくないのは日ごろのコミュニケーションも影響する
労働時間に当たるかどうか、という議論から少しずれるが「忘年会に参加したら残業代は出るか」という質問が出るのは、日ごろのコミュニケーションに問題があると考えることもできる。もちろん、その人自身が忘年会などの飲み会が好きではないこともあるかもしれないし、ワークライフバランスやプライベートを重視する人も増えている。
しかし「この人と話をしたい」「この人と話すと楽しい」と感じていれば「誘われたから参加する・参加したい」となるのは不自然なことではない。参加に後ろ向きの発言が出るのは日ごろの接し方に問題があるのかもしれない、という考え方もできる。
それが急に忘年会シーズンになったからと誘われても良い気持ちがしないのは想像に難くない。曖昧な話に聞こえたかもしれないが、これは労働時間か否かというこれまでの説明とは別にハラスメントとしての視点、アルコールハラスメント「アルハラ」とも言われるような論点だ。
飲み会が好きな人もそうではない人もいる。相手のことを尊重し無理をさせないことが重要だ。そして強制参加にならない言い回しを考えるだけでなく、日ごろのコミュニケーションを見直すことも大切だろう。
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久保田 慎平 特定社会保険労務士
2011年4月に都内の社会保険労務士事務所へ入職、4年間の実務経験後、2015年4月独立開業。2018年9月に行政書士法人GOALと合流し、社会保険労務士法人GOALを設立。東京・神奈川・埼玉・千葉の中小企業を中心に企業型確定拠出年金(DC/401k)の導入支援や人材の採用・定着支援、クラウドシステム導入支援、労務トラブル防止、企業研修による人材育成に力を入れている。就業規則の関与実績約300件、商工会議所や金融機関等のセミナー講師や執筆業も実績多数。1983年8月横浜生まれ、横浜育ち。
公式サイト:https://goal4864.com/
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年12月18日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。