今後の国政選挙に“甚大な影響”も
今年4月の江東区長選挙をめぐる公職選挙法違反事件で、2023年12月28日に、柿沢未途衆議院議員が逮捕された。柿沢氏側から5人の江東区議への合計100万円の金銭供与の買収罪(他に申込にとどまった60万円)の容疑に加え、元江東区議への「80万円の顧問料」も買収罪の逮捕事実に含まれている。
これについて、読売新聞記事では、
柿沢容疑者の逮捕容疑には、木村陣営幹部の元区議に対する約80万円の提供も含まれているが、柿沢容疑者が逮捕前、特捜部に「元区議と顧問契約を結び、顧問料として毎月約20万円を支払っていた」と、買収の趣旨を否定していたことも判明。だが契約書は作成されておらず、特捜部は対価に見合う業務実態はなかったとみている。
とされている。
この「元区議」というのは、選挙コンサルタントのような立場で、木村弥生氏の選挙運動を事実上取り仕切っていたとされており、選挙後に、顧問料として月額20万円を支払ったことが「事後買収」とされたものの、柿沢氏側・元区議側双方とも、「選挙運動の対価」であることは否定しているようだ。
この事件は、昨年、2022年2月20日に投開票が行われた長崎県知事選挙で当選した大石賢吾氏の選挙運動に関して、大石氏側から選挙コンサルタントO氏の会社J社への「電話代」名目の約402万円の支払について、公選法違反(買収)の疑いがあるとして、大石陣営側とO氏が長崎地検に告発されている件と、事件の構造と争点に共通性がある。
この告発は、現在東京地検特捜部が捜査している政治資金パーティー事件の告発人でもある上脇博之神戸学院大学教授が、元長崎地検次席検事の私と連名で長崎地検に告発状を提出したもので、2022年10月19日付けで告発が受理されている。
「80万円の顧問料」の買収で柿沢氏が起訴された場合、長崎県知事選をめぐる「約402万円の電話代」名目の買収事件についても検察の起訴の判断にも影響を与える能性が高いと思われる。
告発状では、大石陣営側の被告発人は選挙運動費用収支報告書の名義人の出納責任者としているが、その支払に候補者の大石知事が関わっていないとは考えにくい。まさに、現職知事が実質的な被疑者となっている公選法違反事件であり、仮に出納責任者だけの起訴でも有罪が確定すれば連座制が適用される(罰金以上の刑に処せられた場合(執行猶予を含む)当選無効となる)。この事件での刑事処分は、同知事の進退に直結する可能性がある。
両事件の共通点の一つは、受供与者(お金を受け取った)側の選挙における立場だ。
江東区長選挙での「元区議」は、選挙に精通している人物で「選挙コンサルタント」のような立場で選挙運動に関わっていたとされている。一方、長崎県知事選挙の事件の受供与者であるJ社の代表者O氏は、選挙コンサルタントとしてメディア等で活動している人物である。大石陣営の選挙で街頭演説に同行するなどして選挙運動に加わっており、選挙後にネット番組に出演して、同知事選挙で大石氏の選挙運動全般を統括していたかのように話すなど、選挙期間中も大石候補の選挙運動に積極的に関わっていたことを自らも認めている。
そして、もう一つ共通しているのが、このような選挙コンサルタントとしての活動で選挙に貢献したことの報酬としての金銭を受領したことで買収の容疑をかけられていることだ。
江東区長選挙の「元区議」は、木村候補を応援していた柿沢氏からの「顧問料」名目の合計80万円が選挙運動の報酬とされている。一方、長崎県知事選挙では、大石陣営から「電話代」名目で、O氏が代表を務める会社に支払われた約402万円が、選挙運動の対価であった疑いが告発の対象とされている。
選挙運動の対価と疑う根拠は、大石陣営の選挙運動費用収支報告書の以下の記載によるものだ。
大石氏の選挙運動費用収支報告書の「支出の部」に「科目 通信費」「区分 選挙運動」「支出の目的 電話料金」として、2月28日に選挙コンサル会社へ402万82円を支払った旨の記載があった。上脇教授が、この選挙運動費用収支報告書の記載について長崎県選挙管理委員会に情報公開請求を行い、領収書の開示を受けたところ、同領収書には、
「長崎県知事選挙通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」
と記載されていることがわかった(SMSとは、携帯電話に標準装備されている「ショートメッセージサービス」のことであり、メッセージを送る側に発生する1送信ごとの文字数に応じた料金が携帯電話会社ごとに設定されている)。
大石知事は、県議会で、「402万円の電話代は、オートコール等の費用だった」と答弁したが、この領収書の記載(「通信費(電話料金、SMS送信費ほか)」)からすると、少なくとも、この支払いが、単一のオートコール業者等への支払いを代行したものではないことは明らかだ。
同社が電話会社やオートコールを受託した会社への支払いを代行したというのであれば、収支報告書の「通信費」の記載としては、個々の通信・通話料金の電話会社等に対する費用の支払いを記載し、その領収書を添付するはずだ。なぜ、支払先がJ社になっているのか理解できない。
その全額について、「通信費」として支払いが行われ、J社が無償で支払を代行しただけということは考えにくく、通信費を超える部分、すなわち、選挙コンサル会社側への報酬を含んでいる疑いが濃厚であった。
同じ大石氏の選挙運動費用収支報告書には、N社に対して2月18日に5304円、3月30日に5万2806円、3月29日にK社に3万9599円を「電話料金」「電話代」として支出した旨の記載があり、いずれも電話業務を事業内容とする事業者だが、J社は、登記の事業内容に「電話業務」も「オートコール業務」も含まれていない。
これらのことからすると、大石氏側からJ社への402万円余の支払は、大石陣営からO氏が経営するJ社に支払われた「報酬」であることは否定できないと考えられた。
大石知事の答弁のとおり、もし、約402万円のすべて、或いは殆どが電話代等の費用であったというのであれば、捜査機関としてその事実を確認することにさほど時間がかかるとは思えない。比較的早期に不起訴処分になっているはずである。
選挙違反の事件なのに、当該選挙後から2年近くも検察の処分が未了で、捜査が継続されているのは、O氏が代表を務めるJ会社に支払われた約402万円のかなりの部分が、「電話代等の費用」ではなく、O氏に対する報酬と見られるものの、それが選挙運動の対価であることを、供与者側の出納責任者、受供与者側のO氏がいずれも否定している可能性が高い。
そこに、二つの事件のもう一つの共通点がある。
柿沢事件の元江東区議も、長崎事件のO氏も、それぞれの選挙運動で中心的な役割を果たしていた。そして、元江東区議は「顧問料」、O氏は、「電話代名目で支払われた約402万円」の一部が、何の対価かなのかが不明な状況である。そこで、これらの金銭が「選挙運動の報酬」であった疑いが生じているのであるが、いずれの当事者も、対価性を否定していると考えられる。
このように、「選挙運動を行った事実」と、「その人物に他に理由のない金銭の支払を行った事実」がある場合でも、当事者がいずれも選挙運動の対価であることを否定すれば、従来の検察実務では、買収罪での起訴が行われることはほとんどなかった。
それは、「当選を得、又は得しめる目的で金銭又は利益の供与を行う」という買収罪の要件の「目的」が主観的要件であり、当事者がそれを認めないと立証が困難だと思われてきたからだ。
2019年の参議院広島選挙区をめぐる元法務大臣の河井克行氏・案里氏の買収事件では、捜査の過程で、克行氏から現金を受け取った地元議員に対して、東京地検特捜部の検事が、不起訴にすることを示唆したうえで、現金が買収目的だったと認めるよう促したことが問題となり、最高検で調査を行い、「取調べが不適正だった」とする調査結果が公表された。
検察官が、このような「無理な取調べ」をしてまで、「投票又は選挙運動の対価」であることを認めさせようとしたのは、従来は、そのような「自白」が買収事件の立件に不可欠だと考えられていたからである。
しかし、今回、柿沢氏の事件では、東京地検は、選挙運動を行った者が、選挙運動を依頼した側から、何らかの理由のない金銭の支払いを受けた事実があれば、当事者が選挙運動の報酬であることを否定していても、買収罪の立証が可能だと判断したようだ。
それと同様に考えれば、選挙コンサルタント的な立場で長崎の選挙運動を取り仕切ったO氏が「電話代等」の名目で、理由が説明できない金銭の支払を受けたとすれば、本人が選挙運動の対価であることを認めていなくても、買収罪での立件は可能ということになる。
【東京地検特捜部「柿沢氏公選法違反事件」捜査への疑問、国会閉会後の動きに注目】でも述べたように、柿沢氏の公選法違反には、自民区議に対する金銭の供与が区長選と同時に行われた区議選の「陣中見舞い」であるとの主張との関係など、全体として立件にはかなり問題がある。
そのような事件で、東京地検特捜部が、供与者側・受供与者側ともに「自白」がないのに、敢えて「80万円の顧問料」の事件を買収罪で立件して逮捕事実に含めたのは、それがなければ、現職国会議員を逮捕・起訴する公選法違反事件として金額が低すぎると判断されたからであろう。
東京地検が、元区議への顧問料を含め逮捕事実全体について起訴するのであれば、一方の長崎地検の大石陣営側とO氏の事件についても、検察としては、供与者・受供与者ともに「自白」がなくても起訴に踏み切ることになる可能性が高い。ここで長崎地検が消極的な判断を行えば、柿沢氏の事件の公判にも影響を与えることになりかねない。
仮に、今回の二つの事件によって、「自白」がなくても、「選挙運動の対価」としての支払であることの立証が可能だとする刑事実務が定着した場合、今後の公職選挙の実務に与える影響は極めて大きなものになる。
選挙に比較的近い時期に、「地盤培養・党勢拡大」等の政治活動としての「政治資金の寄附」という趣旨で、国会議員から地方政治家等に対する「実質的に選挙運動の対価である金銭供与」が行われることは多い。このような金銭のやり取りも、従来は、両当事者から「金銭供与の趣旨・目的について自白が得られる見込みがない」との理由で立件が見送られてきた。
しかし、検察が二つの事件で買収罪を立件し起訴するということになると、今後の国政選挙では、「政治資金を隠れ蓑にした買収」は従前のように行えないことになる。それは、国政選挙における保守政党の選挙のやり方を激変させることになるであろう。
長崎県知事選挙から間もなく2年を迎えようとする中、大石知事をめぐる買収罪の事件に対する長崎地検の処分が注目される。