欧州で昨年末売れ残りの衣服、衣料を廃棄することが禁止されました。衣服の修理やリサイクルを促すとともに限られる資源を大事にするといういかにも欧州らしい発想です。アメリカは捨てる文化とされ、何十年経っても大きな変化の兆しは見えないのですが、「こんまり」がアメリカでブームになるなど片づけて無駄を減らすという動きは様々なシーンで増えてきそうです。
日本で耳にするようになったフードロス問題。これも社会的にもう少し目覚めなくてはいけない時代になってきたと思います。私がまず先に思うのはいわゆるビュッフェです。それも高級店に並ぶ豪華で目移りしてしまうような料理に「あぁ、これも、あれも…」と頑張って皿に盛るのですが、さすが最近は魅力を感じなくなりました。むしろ、なぜ、あれが流行っているのだろうか、と思うこともあるのです。
ビュッフェビジネスの起源はサーバーの人件費が削れることでした。自分で取ってもらうので店側の手間は省けます。日本では寿司と焼き肉の食べ放題が「はしり」だったと記憶しています。ビュッフェに限らずちょっとした店ではサラダや飲み物は自分で取りに行く形式のところは多いと思います。これは食材ロスも少ないし、飲食店側の経営効率も上がるでしょう。しかし、何十種類とならぶ食材を売りにするビュッフェでは手が全く付けられていないような料理もありながら多くは廃棄処分されていくのでしょう。
以前、ホテルの仕事をしていた際、総支配人がビュッフェでは料理が無くなってはいけない、常に客には豊富な料理を見せ続けることがキーだと教えてくれました。それはとりもなおさず、余りがでて廃棄をする前提だったのです。
農業で売り物にならない形の悪いもの、ちょっとキズがあるものは飼料にしたり、廃棄したりすると聞きます。出荷したくとも箱にきれいに収まらず、非効率ということもあるようです。私からすればなぜ、箱に入れなくてはいけないのか、という疑問はあるのですが。
また水産業では数が取れない魚を雑魚扱いにしてきました。最近、一部の鮮魚店やスーパーでそのような雑魚ばかりを扱うコーナーを設けているところが出てきており、主婦が「これ、なに?どうやって食べるの?」と店主や店員に教えてもらうというケースもあるそうです。もっとも若い人で魚を三枚におろせる方など極めて少ないのだろうと思うので魚屋は雑魚も手間をかけてさばいて売らねばならないかもしれません。
また、売り手側のマーケティングに乗せられたところもあります。例えば自動車にしろ、衣料品にしろ、耐久消費財にしろ、買い替えをしてもらわないと店側は「あがったり」です。例えば、私のiPhone は2年のリースです。リース期間がちょうど終わるところなのですが、電話会社から1万5千円で買い取るか、携帯を電話会社に返して新しいiPhoneにするか選べ、と選択を迫られました。私の結論は買い取ったうえで更に新しいiPhoneをゲットすることにしました。理由は古いiPhoneを日本で使うsim freeの携帯と取り換え、日本で使っていた更に古いiPhoneを中古屋に売ればよいのです。つまり、電話会社のリースは2年だけど自分でカナダと日本で合計4年使い、更にそれを中古で売ることでより長く使う仕組みを自分なりに生み出せるわけです。
日本で経営するシェアハウスでは一部の物件は既に10年目の運営ですから、当然、ダメになる機器が五月雨式に出てきています。問題はごくマイナーな修理であっても修理屋は「あぁ、これはダメですね。これを変えると〇万円するので新しく買ったほうが得です」と。悔しいですね。何百円の部品を取り換えれば直るものでも修理屋の言うなりになってしまうのが。結局、エアコンでも洗濯機でも信用於けるメーカーの一番安いものを入れ、壊れたら取り換えるという方式にせざるを得ないのです。直して使うというコンセプトは北米に比べ、日本ははるかに劣っているし、遅れていると思います。
1つには日本人は完璧主義なので直しても「ちゃんと直っていない」とクレームが多いのだと思います。私はイージーゴーイングなので直したことで全てが新品になるわけじゃないことは100も承知なのですが、そう思わない方もいるので、修理業務費用が高い、非効率、結局買い替えということになるのだと思います。
無駄をなくすべき分野はあらゆるシーンであると思います。こればかりは個々人の気持ちの持ちようだと思います。全てにケチをすると言っているのではありません。少なくとも無駄をなくすという意識をしたうえでメリハリある消費をすることが大事だと私は考えています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年1月22日の記事より転載させていただきました。