ドーハ近郊の悲劇?日本代表、なぜ攻撃も守備もイマイチに?

サッカーアジアカップ、イラク代表戦での日本代表の残念な戦いぶりが悪い意味で話題になっています。

各メディアはこぞって敗因を探っていますが、概ね前線の選手配置、すなわち、「左サイドに南野、トップ下に久保、ワントップに浅野」が機能しなかったこと、ディユエル勝率が下回ったように全般的に日本の球際勝負が緩かったこと、そして監督の試合への入り方マネジメントなどピッチ外の要因…この3つに集約されるようです。

これらの問題がなぜ生じたのでしょうか?選手、監督の心理にフォーカスして考えてみたいと思います。

NiseriN/iStock

イラク代表が作った5レーン

まずは前線の機能不全から考えてみましょう。イラク代表の守備は4バック+ダブルボランチ。ゴールに向かう侵入経路としてはFigure1のように縦方向に5つのレーンが出来上がります。

一方で日本代表の前線は1トップの下に3枚並べる布陣で、さらに攻撃時にはサイドバックが前進するので6人で攻める形になります。Figure1のようにイラク代表が作ってくれる5つの侵入経路に人が入れば後方からのビルドアップのパスコースが増えます。パスコースが増えると、敵守備陣は守りどころを絞りきれないので、パスを受けたほうも集中砲火のような圧力を受けることはなくなります。余裕を持って高い技術を発揮できる理想の展開です。

Figure1

5レーンを自ら潰した日本代表

しかし、この日の日本代表、特に前半の日本代表はFigure2のようになってしまいました。右サイドが密集していることがわかるでしょう。この形の何が問題なのでしょうか。

それは、技術が活かせなくなること、ビルドアップのパスコースが限定されがちになることの2つです。

Figure2

まず、技術が活かせない問題についてです。右にはスペインで活躍する久保建英だけでなく、フランスで活躍する伊東純也(通称、イナズマ純也)、オランダで結果を残しビッククラブが獲得を検討していると噂される菅原由勢という頼りになる選手たちが揃っています。

しかし、サッカーとは密集すると実力の差が出なくなるスポーツです。メッシのような優れたテクニシャンも密集の中では技術を活かしにくくなりアクシデントが起こりがちです。

加えて、この日はイラク左サイド(日本の右サイド)に構える25番が気迫と落ち着きを兼ね備えた好プレーを見せていました。例えば、前半19分には久保も得意の形に持ち込んだにも関わらず、25番の圧力でボールロストしてしまう…という場面もありました。このように日本は、自分たちのストロングポイントである高い技術を自分たちで発揮しにくい状況にしてしまったのです。

伊藤洋輝の奮闘もむなしく…

次にビルドアップの問題についてです。右サイドが密集してアクシデントが起こりがちだとしたら、パスを配給する側としては右サイドへの展開を少々ためらってしまいます。一方で右に偏った分、左サイドにはフリーの空間があります。そ

の空間を埋めるのがドイツで活躍する伊藤洋輝です。実際、この試合、伊藤がフリーでボールを持ちイラクDFとの駆け引きからクロスを入れるなどのゲームメイクを行っていました。

これは、これまでの試合ではあまり見られないものでした。伊藤は優秀な左サイドバックであるものの、ゲームメイクはあまり得意としていない選手です。普段はよりゲームメイクが上手く、敵のプレッシャーを受けていない後方の選手にボールを預けるプレーが多く一部では「バックパスマシーン」と呼ばれることもあります。

ある意味では身の丈に合ったチームへの貢献を選択できる良い選手なのですが、この日は苦手なプレーを強いられた印象です。伊藤も懸命にがんばっていたのですが、結果につながるゲームメイクはできませんでした。日本人としては残念でした。

なぜ、南野、久保はこのポジションを取ったのか?その弊害は?

では、なぜこうなってしまったのでしょうか?原因は冒頭でも挙げた「南野、久保、浅野」の同時起用です。フランスで活躍する南野拓実は前節ベトナム戦では2得点を上げる活躍でした。第1節の大会MVPに選ばれて「お、今大会、乗っているぞ!!」という勢い。当然、イラク戦でもブレークが期待されたわけなのですが…。

しかし、残念ながらこの日はそうはなりませんでした。南野は元来トップ下で輝く選手です。ベトナム戦でもトップ下で出場して活躍しました。となると、ついつい得意な中央のポジションにスルスル…と中央に移動してしまいます。

すると、中央が過密になるので必然的に久保建英は中央から右サイドよりに流れます。久保も所属チームレアルソシエダでは主に右サイドで結果を出しています。自信のあるポジションですので、何の迷いもなく流れたことでしょう。

しかし、右が過密になると先程挙げた問題だけでなく、日本の切り札とも言える伊東のスピードを活かすスペースが消えます。さらにワントップは浅野拓磨。器用にポジションを変え、ボールを収めてゲームメイクを助けるタイプではなく、スピードと球際の勝負が持ち味です。ドイツで活躍していますが、密集の中でのボール回しを得意とするタイプではありません。

実際、浅野はボールに絡む機会がびっくりするほど少なかったです。本人も悔しいことと思います。このことが前半31分の久保の展開するパスからの強引なシュートに繋がったのかもしれません。中央には伊東が圧倒的なスプリントでイラクDFを振り切ってフリーで入り込んでいました。伊東も浅野のシュートに憮然とした表情をしてましたが、浅野がパスを選択していたら…と思ってしまいますね。

得意にこだわってはいけない

このように、日本はスペイン、ドイツ、フランスという世界5大リーグに所属する3選手の同時先発は驚くほどに機能しなかったのです。

人はついつい得意な形に持ち込みたくなるもの…。南野、久保のポジショニングは彼らも人ですからやむを得ないものでしょう。しかし、得意の形で結果が出るかどうかは状況次第です。プロフェッショナルなのですから、もっと的確な状況判断をしてほしいものです。これはこの日の日本代表だけでなく、私たちの日々の教訓と思っても良いかもしれませんね。

さて、森保監督の采配について考えてみましょう。

途中から伊東を左に回し、南野がトップ下、右に久保という配置に変更するという采配をふるいましたが、時すでに遅し。日本が2失点したあとでした。イラク代表は守備の人数を増やしたため、結果は出ませんでした。

なんともストレスが貯まる展開…。冴え渡る森保采配は次節以降のお楽しみにしたいと思います。

21歳のGK、鈴木彩艶の起用は正しかったのか?

この2失点、全般的な球際の緩さがもたらしたものと言えそうですが、GK鈴木彩艶のミスが目立ってしまっています。2試合連続でボールをはじき出したら敵選手の目の前…つまり敵ゴールのアシストというミスを犯してしまったのですから、このミスについて批判を受けるのはやむを得ないでしょう。はじき出し方そのものが軽いプレーのように見えてしまっていますし。

また、鈴木がまだ21歳というのも一部メディアでは問題視されています。鈴木は高校生の時点でベンチプレス125kgというガーナ人の父譲りの優れた身体能力とフィールドプレーヤー並みの足元の技術を誇る逸材です。英国プレミアリーグの世界的な名門、マンチェスターユナイテッドが9億円で獲得オファーを出しましたが、レギュラーで出場できるチームを優先して現在はベルギーでプレーしています。間違いなく、将来は長く日本代表の守護神を務めることでしょう。

しかし、大陸のタイトルがかかる大会の守護神を未完の大器に任せるのは無謀だという声が上がっていました。こんな声を吹き飛ばすような活躍を期待していたのですが、少なくともここまでの2試合ではそうはならなかったようです。

森保監督はこの大会を通して鈴木を育てるつもりと考えられていますが、アジア王者のタイトルと、大器とは言え一選手の育成を比べれば重要度は一目瞭然。しかし、森保監督も鈴木もこの難しい状況の中でブレイクスルーを果たそうとしているようです。

ぜひとも、鈴木にはこの先はノーミスで守り切るという気迫で、この大会で大きく飛躍していただきたいものです。心配ではありますが、このチャレンジ、応援もしたいですね。

ボール保持率72.5%?体感より高すぎない?

とは言え、失点は失点です。なぜ、前半だけで2点も失点したのでしょうか?

これは、観ている限りですが全般的な気迫、インテンシティ(集中力と強さ)の問題だと思われます。このゲーム、日本は72.5%という圧倒的なボール保持率を披露していましたが、観戦しての体感としてはもっとイラクにやられていた印象です。

理由は一つ、勝負どころでイラクDFに競り負けていたことでしょう。勝負どころのような緊張感が高い場面では、私たちは集中力が増し、体感時間が長くなります。数字上の保持率より体感的な保持率が低いのは、本当に重要な勝負どころでことごとく負けていたということなのです。

例えば前半5分の失点場面の直前の展開を見ると、日本代表は自陣ゴール前では7人で守備ブロックを作っているものの誰をマークするのか曖昧だった様子が見て取れます。

ゴール前の守備はゾーンでスペースを埋める守備から、侵入した敵をターゲットにするマンマークへの切り替え、言い換えれば「埋める守備から闘う守備へのマインドチェンジ」が重要です。しかし、動き回るイラク選手に対して後手後手でマーク対象を探す様子を見ていると、「闘う」ということについて集中力が欠けていたように見えます。

イラク代表監督はスペイン人、ワールドカップのリベンジ?

ここで試合の入り方ですが、まずは両監督について考えてみましょう。

左:ヘスス・カサス監督 右:森保一監督

実はイラク代表のスペイン人ヘスス・カサス監督はスペイン代表の元アシスタントコーチです。そして、ワールドカップで日本に破れたルイス・エンリケ前スペイン代表監督の元右腕です。試合前からスペイン代表のリベンジ…という強いインテンシティを監督自身が持っていたことでしょう。

対する森保監督はワールドカップでのグループリーグで力尽きた経験から、ノックアウトステージ(決勝トーナメント)から優勝に向かう余力を残す勝ち抜き方のシミュレーションを意識していたとも伝えられています。

この結果を見ると、高いインテンシティで全力を出し切ろうとするイラク代表、横綱相撲で余力を残そうとする日本代表…試合に入る前からインテンシティに差があったように感じられます。特に前半5分の失点シーンはまさにそれが象徴されていた印象です。

およそ30年前にイラク代表にアメリカワールドカップ出場を阻まれるというドーハの悲劇を経験した森保監督ですが、30年でなにかが変わったのでしょうか。30年前のインテンシティをこの試合に持ち込みきれなかったのかもしれません。

ますます面白くなったアジアカップ2024

しかし、ここでアジア王者のタイトルに黄色信号が点ったことで私はますます面白くなったと思います。

森保監督はこの先、余力の温存よりも高いインテンシティを保つことを最優先した采配を振るうことでしょう。選手も「俺たちは世界5大リーグの選手がほとんど」という横綱感覚を捨ててくれることでしょう。

サッカーに限りませんが、人生ではピンチはチャンスです。日本代表がピンチをチャンスにしてくれることを願って引き続き応援しましょう!!