スペイン治安警察と麻薬組織との熾烈な戦い

ジブラルタル海峡を挟んで大西洋と地中海の沿岸は麻薬持ち込みの巣窟

スペインは皮肉にも中南米からの麻薬の玄関となっている。スペイン全国で麻薬組織と戦っているのが治安警察と国家警察である。その中でも、ジブラルタル海峡を挟んで地中海と大西洋に面した沿岸は麻薬の密入が最も盛んな地域のひとつある。そこで全面的に戦っているのが治安警察だ。

麻薬組織のスペイン導入への手口は、モロッコからスピードの出る大型ボートで上述した地域の沿岸にボートそのものを乗り上げて船内に積んでいる麻薬の入った大きな荷箱を猛烈な迅速さで積み下ろして運び去って行くのである。

この荷物を15分以内に持ち去る作業で2000-4000ユーロが稼げるという。この地域は若者の失業が多く、この作業に容易に飛びつく傾向にある。また治安警察が近づいていると通報するだけで600ユーロを稼げるという。(2月14日付「20ミヌートス」から引用)。

治安警察は麻薬組織の大型ボートが陸に到着する前に拿捕して行くのであるが、その為のパトロール船の数が少なく、しかもその大半が予算の関係で修理に時間がかかり故障している時が多い。それを補うべものとしてソディアックの小型ボートがある。しかし、これでは彼ら麻薬組織の大型ボードに太刀打ちできない。そのような条件下で治安警察は戦いを続けている。

麻薬組織の大型ボートが治安警察の小型ボートを沈める行動に出た

今月9日にまた悲劇が起きた。場所は漁が盛んなバルバテ港の沿岸で、麻薬組織の大型ボートが治安警察の小型のそれに正面からぶつかり、その勢いで前者は後者の上を乗り上げるような行動に出た。その為、治安警察官が乗船していたボートは彼らの大型ボートの下敷きになった。それを3度も繰り返して治安警察官2人を殺害する行動に出たのである。もうひとりはエンジンのプロペラで腕を切断された。

この麻薬組織のボートは全長14メートルで5000キロの船体に300馬力のエンジン3つ搭載した900馬力のエンジン。また船体の側面も強固に仕上げている。一方の治安警察のそれは全長僅か5メートル、500キロで150馬力のエンジンを一つ搭載しているだけ。(2月10日付「インフォバエ」から引用)。

これでは治安警察のボートは麻薬組織の大型ボートに到底太刀打ちできない。しかし、当日はパトロール船がすべて修理中ということで、この小型ボートで監視をせねばならないという状態にあった。そこに突如現れたのが麻薬組織のこの大型ボートであった。治安警察は彼らを拿捕すべく行動に出たが、それはあたかも像に挑む犬のようなもので相手にならない。それでも治安警察官は彼らの任務を果たそうとした。

死亡したのは二人の治安警察官39歳と43歳で、前者には妻と子供一人、後者には妻と10歳と8歳の子供が遺族となった。この二人の治安警察官は他の地域から応援で派遣されていた。もうひとり腕を切断された警官は入院しているが、回復しても再び任務に就くことはできなくなる。

逮捕された麻薬組織のボートに乗船していたのは21歳、24歳、28歳の若者だ。このボートを運転していた28歳の若者はこの大型ボートの運転ではベテラン。モロッコから麻薬を持ち込むのに15000ユーロを稼ぐという。

治安警察の麻薬取締まりに強力なエリート部隊を内相が移動させた

2018年から昨年8月末までに1万9063回の取締まりを実施し、1万5446件が訴訟に至った。その結果、1,387,832キロのハシシュ、87,786キロのコカイン、104,018キロの大麻が押収された。(2月10日付「ABC」から引用)。

この大量の麻薬の押収ができたのも2022年まで150名から成るエリートの治安警察官(OCON)が活躍していたことに大きく起因する。ところがマルラスカ内務相は表向きは、予算の関係からとしているが、彼らを別の地域に移した。

この移動に現地の治安機動隊は、麻薬組織に対して取締まりの効力が半減すると主張して反対していた。が、マルラスカ内務相は聞く耳を持たないという感じでこのエリート集団を他の地域に分散させた。それで手薄になった治安警察部隊。それも今回の治安警察官の死亡に結び付いたとして治安警察官の複数の組合はマルラスカ内務相の辞任を要求している。

治安警察が要請していた大型ボートがモロッコ政府に寄贈されていた

ところが、今回の事件をきっかけに電子紙「OKディアリオ」が2月15日付で、治安警察が正に要請していた700馬力のボート5隻をスペイン政府が2022年にモロッコ政府に贈っていたことを報じた。

それはモロッコの諜報機関がスペインのサンチェス首相とそれに内務相と財務相の携帯を盗聴していたことが明るみになってから数か月後の出来事であった。モロッコは麻薬の密輸が盛んな国だ。特にサンチェス首相の携帯が盗聴されていた内容に彼が不利に立たされる秘密をモロッコ政府は掴んでいるのではないかと憶測されている。何しろ、この5隻のボートがモロッコ政府に贈られた頃に上述した150名のエリート治安警察官も別の場所に移されたのである。

マルラスカ内務相の前の職業はテロリストなどを専門とする判事ということで彼の手腕が期待された。ところが、彼の内務相として5年間務めて来たが、不祥事が多い内務相として評判は良くない。それでも辞任する意向はこれまで見せたことがない。

亡くなったこの二人の治安警察官の葬儀では、マルラスカ内務相が死亡した警察官の棺の上に勲章を置こうとした時に幼い子供二人を抱えた未亡人となった夫人は同内務相に向かって「あなたから勲章を授けられるのは主人も望んでいない」と怒りを込めてそれを遮るという場面もあった。