ミュンヘン安全保障会議、危険な政治家ほど会議にはいない!

ドイツ南部バイエルン州の州都ミュンヘンで16日から3日間、「ミュンヘン安全保障会議」(MSC)が開催され、50人以上の国家元首、政府首脳たちが集まった。同会議では戦争や地域紛争の対策などについて話し合われたが、今回の主要テーマはウクライナ戦争そしてイスラエル軍とパレスチナ自治区ガザのイスラム過激テロ組織「ハマス」との中東紛争問題だ。

「プーチン大統領は夫の死に責任がある」と訴えるユリア・ナワリヌイ夫人(2024年02月16日、ミュンヘン、MSC公式サイトから)

ウクライナからはゼレンスキー大統領が参加したが、ロシアからは政治家の参加はなかった。中東紛争問題ではイスラエルからヘルツォグ大統領、パレスチナ自治区政府からシュタイエ首相のほか、エジプト、ヨルダン、カタールから政府関係者がミュンヘン入りした。米国からはハリス副大統領が参加し、17日演説した。

MSCはスイスの世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の軍事・安全保障会議版と呼ばれ、世界から元首・首脳級の参加者を集めて戦争、地域紛争地などの諸問題について話し合う。MSCでは政治文書や声明文を採択するということはなく、あくまでも純粋な討議、意見の交換の場だ。今年で既に60回目を迎えた。

ゼレンスキー大統領は16日、MSC開幕直前にベルリン入りし、ショルツ独首相と会談、ウクライナとドイツ両国間の安全保障協定に署名。その直後、パリに飛び、マクロン大統領と会合し、ウクライナ・フランス間の安全保障協定を締結した。そして17日、ミュンヘン入りし、MSCでウクライナ戦争の現状を報告し、欧米諸国に武器の供与を強く要請した。

ゼレンスキー大統領やショルツ首相はプーチン大統領が世界の民主主義に如何に危険かをアピールし、ウクライナへの武器供与の重要性を訴えた。また、オランダのルッテ首相、ノルウェーのストーレ首相、欧州連合(EU)のウルズラ・フォンデアライエン委員長らは参加者との討論会でウクライナ支援の継続を強調していた。

MSC開催初日、モスクワからショッキングなニュースが飛び込んできた。ロシアの著名な反体制派活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が16日、収監先の刑務所で死去したというのだ。

ドイツの軍事専門家は「ナワリヌイ氏が16日に亡くなったのは決して偶然ではない。プーチン氏はウクライナと独仏間の安全保障協定の締結を意識し、欧米で良く知られているロシア反体制派指導者ナワリヌイ氏をMSC開幕日に合わせて殺害したのではないか」と推測していた。すなわち、ナワリヌイ氏の16日の死はモスクワが計算した政治的殺人だというわけだ。プーチン氏はミュンヘンのMSCに参加する代わりに、ナワリヌイ氏死亡というニュースを欧米社会に向かって発信し、「ロシアはウクライナ戦争を勝利するまで戦い続ける」というメッセージを送ってきたというのだ。

一方、MSC会議の直前、トランプ前米大統領が今月10日、サウスカロライナ州の選挙集会で、「北大西洋条約機構(NATO)がロシアから攻撃されても、米国は軍事支出が少ない加盟国を守らない」と受け取れる発言をしたことが報じられると、欧州で大きな動揺と困惑が生じた。MSCではトランプ発言をシリアスに受け取り、米国抜きで欧州独自の安保体制を如何に構築するかについてホットな討議が行われた。

例えば、MSCに参加したドイツのガブリエル元外相は16日、ドイツ民間ニュース専門局ntvのインタビューの中で「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは考えてもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためにはEUにおける核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない」と主張していた。

ちなみに、トランプ氏の発言が流れるとNATOのストルテンブルグ事務総長は「18カ国の加盟国が今年、GDP比で2%の軍事費を支出する予定だ」と声明し、トランプ氏の苦情に答えた、といった具合だ。

いずれにしても、プーチン大統領もトランプ前米大統領もミュンヘン入りしていないが、不在の2人の政治家が良し悪しは別として大きな波紋を投じていた。「危険な政治家ほど会議にはいない」といわれるが、今回もそれが当てはまる感じだ。

なお、中国からは王毅共産党政治局員兼外相が17日、MSCに出席し、ウクライナ戦争とパレスチナ問題で中国が調停役を演じる意向があると表明する一方、「台湾統一は必ず実現する」と述べたが、不在のプーチン大統領とトランプ氏のような反響はなかった。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年2月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。