ドイツのショルツ首相は同国の長距離巡航ミサイル「タウルス」をウクライナに供与することにはこれまでも何度も拒否してきた。理由は明らかだ。射程距離500キロの「タウルス」はロシア本土を射程内に置いているから、タウルスがロシア領土まで飛行した場合、ロシア側は北大西洋条約機構(NATO)がロシアを攻撃したと受け取り、ロシアとNATO間の戦争にエスカレートする危険性が排除できなくなるからだ。
一方、ウクライナ側は昨年末からロシア軍の激しい攻撃を受け、守勢を強いられている。兵士と弾薬、砲弾不足で満足に反撃できない状況が続いている。そこでゼレンスキー大統領は対空防御システムの供与を欧米同盟国に強く要請する一方、ドイツには「タウルス」の供与を要求してきた。
そのような中で、ドイツ連邦空軍の4人の士官がタウルスをウクライナに供与した場合、どのようなシナリオが考えられるかを議論、例えば、ロシアが併合したクリミア半島とロシア本土を結ぶケルチ橋をタウルスが攻撃した場合、何回の空爆で破壊できるかなどを話していたが、その会話がロシア側に盗聴されていた。ロシアのプロパガンダのロシア国営放送RT(旧ロシア・トゥデイ)は1日、テレグラムで録音された音声録音を公開した。インターネット上に出回っている音声録音の記事はロシア国営放送RTのマルガリータ・シモニャン局長によって公開されたもので、同局長によると、38分間の録音の会話は2月19日に行われたという。
バチカン訪問中のショルツ首相はこのニュースを聞いて遺憾を表明し、「非常に深刻な問題だ。迅速な全容解明に乗り出す」と述べている。ドイツ政府は2日、ドイツ空軍で盗聴事件があったことを認めたうえで、「空軍内の会話が傍受された。ソーシャルメディア上で流通している録音版または書面版に変更が加えられたかどうか、現時点で確実なことは言えない」という。独国防省によると、軍防諜局(MAD)はスパイ容疑で捜査を開始した。
独週刊誌シュピーゲルによると、会話は盗聴防止回線ではなく、プラットフォーム「Webex」(ウェベックス)を通じて行われており、過去にも会話が盗聴された可能性が排除できないという。ショルツ政権内で大きな動揺が起きている。
4人の空軍将校間の議論は、ウクライナ軍によるドイツのタウルス巡航ミサイル使用の可能性と考えられる影響について議論したが、それはピストリウス国防相からの要請に基づいたものだった。ただし、ピストリウス国防相の情報要求はタウルス配備の予想を前提としたものではなく、あくまでも純粋な軍事的な情報の収集だったという。
独空軍士官たちは議論の中でウクライナ軍に巡航ミサイル「ストームシャドウ」を供給した英国と、巡航ミサイル「スカルプ」を供給したフランスを例に挙げている。会話の参加者の1人は「イギリス人がどうやってやるか知っている」と語った。「彼らも現場(ウクライナ内)に数人いる。フランス人はいない」と語っている(オーストリア国営放送のヴェブサイト)。
ちなみに、ショルツ首相は英国やフランスがウクライナに既に軍関係者を派遣していることを示唆する発言をしており、英国ではショルツ氏の発言に対して怒りが起きたばかりだ。この種の情報は同盟国間のコンフィデンシャルである。ショルツ首相の発言は同盟国内の機密情報を漏らしたと受け取られ、批判にさらされたわけだ。もちろん、英仏両国はショルツ首相の発言内容を即否定している。
ちなみに、ロシアのラブロフ外相は訪問先のトルコのアンタルヤで、「独連邦空軍士官たちの会話は欧州の戦争陣営が依然として戦争を煽っていることを示した」と述べ、今回の問題でドイツ側に説明を求めている。
ドイツでは主力戦車「レオバルト2」のウクライナ供与で長い国内の議論が起きた。タウルス巡航ミサイルの供与問題でも与野党間だけではなく、与党の連立政権内でも意見が分かれている。ひょっとしたら「レオパルト2」の供与問題での政府内の議論も当時、ロシアに盗聴されていたのかもしれない。
連邦議会国防委員会のマリー=アニエス・ストラック=ツィンマーマン委員長(自由民主党=FDP)は、「モスクワはショルツ首相がタウルスの引き渡しにゴーサインを出すのを阻止したいと考えている」と指摘し、「ロシアのスパイ活動はハイブリッド戦争の一部だ。我々はいつまでも無邪気であってはならない」と述べている。
野党「キリスト教民主社会同盟」(CDU/CSU)の連邦議会院内総務代理ヨハン・ヴァーデフルはRNDとのインタビューで、「敵対する国は我々の弱さを冷酷に利用する。戦争は古典的な戦場で起きるだけではない」と指摘、サイバー攻撃に対する防御対策の強化をアピールしている。
以上、ORFのヴェブサイトの記事を参考にまとめた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。