ドイツで徴兵制の再導入についての議論がメディアで報じられてきた。その切っ掛けは、ピストリウス国防相のスウェ―デン、ノルウェー、フィンランドの北欧訪問だ。同国防相はこれまで「北欧をモデルとした徴兵制を検討している」と発言してきたこともあって、「ドイツの徴兵制再導入」がにわかに現実味を帯びてきたわけだ。
ドイツでは徴兵制を2011年まで導入してきた。第2次世界大戦終了後、連邦軍は職業軍人と志願兵で構成されたが、兵士が集まらないこと、旧ソ連・東欧共産ブロックとの対立もあって1956年から徴兵制を施行、18歳以上の男子に9カ月間の兵役の義務を課してきた。兵役拒否は可能で、その場合、病院や介護施設での社会福祉活動が義務付けられた。Zivildienstといわれる兵役代替服務(民間奉仕義務)だ。兵役義務拒否の理由としては、健康問題や本人の宗教的、良心問題などが出てきた。
その徴兵制は2011年、廃止された。徴兵の代行だった社会奉仕活動制度もなくなった。冷戦時代が終了し、旧東独と旧西独の再統一もあって、連邦軍は職業軍人と志願兵に戻り、連邦軍の総兵力は約25万人から約18万5000人に減少されていった。旧ソ連・東欧共産政権が崩壊していく中、ドイツを含む欧州諸国は軍事費を縮小する一方、社会福祉関連予算を広げていった。
その流れが大きく変わったのはやはりロシア軍のウクライナ侵攻だ。欧州大陸での本格的な戦争の勃発にドイツ国民も深刻な衝撃を受けた。ショルツ独首相は2022年2月、「時代の転換」(Zeitenwende)という表現を宣言し、軍事費を大幅に増額する方向に乗り出した。連邦軍のために1000億ユーロ(約13兆円)の特別基金を創設して、兵員数の増加、兵器の近代化、装備の調達などの計画が発表された。そして国防予算は国内総生産(GDP)比2%に増額する一方、軍事大国ロシアと対峙するウクライナに武器を供与してきた。
興味深い点は、ドイツでは平和政党と呼ばれてきた環境保護政党「緑の党」、国防分野では消極的だった社会民主党(SPD)が政権を担当しているショルツ連立政権がZeitenwendeを宣言していることだ。ドイツにとってこれが「吉」と出るか「凶」と出るかはここ暫く注視していかなければならないだろう。
ウクライナ戦争は2年が過ぎ、3年目に入り、戦闘は長期化、消耗戦の様相を深めてきた。キーウからは弾薬、ミサイルの供与を求める声が日増しに深刻さを増している。ドイツを含む西側には十分な在庫がない。欧州連合(EU)の欧州委員会は5日、EU内での武器製造の促進などを盛り込んだ「欧州防衛産業戦略」を発表したばかりだ。軍事生産工場を建設したとしても、ウクライナ戦争に間に合うかどうか不明だが、ドイツ国内では「ロシアはウクライナを支配すれば次はバルト3国に侵攻するだろう」といった懸念の声が聞かれだした。
長い平和の時代を享受してきたドイツでは軍事分野は軽視され、兵器の近代化も遅れている。志願兵に依存してきた連邦軍では戦場で戦う兵士不足が深刻だ。ドイツに先駆け、近隣諸国で既に徴兵制の再導入論が聞かれ出している。
ところで、「徴兵制の再導入」は非常に政治的問題だ。ロシアでも部分動員令が出ただけで国民に大きな動揺が生まれた。ウクライナでも兵役回避する国民が少なくなく、国外に逃亡する国民も出ているのが現状だ。
ピストリウス国防相は徴兵制の再導入という非常に政治的アジェンダに対して慎重だ。メディアでは「ピストリウス国防相は、この立法期間中(2025年秋頃)に兵役義務に関する方向性決定を下したいと考えている」と報じられているが、本人はその報道を否定している。
明確な点は、ピストリウス国防相は未来の徴兵制として「スウェ―デン・モデル」を考えていることだ。スウェーデンでは2010年に徴兵制が停止されたが、ロシアのクリミア併合を契機として、2018年1月から徴兵制が再導入された。スウェ―デンの徴兵制は、兵役、一般役務、民間代替役務から構成され、18歳以上の男女を対象としている。
ナチス政権を体験してきたドイツでは軍事問題と言えば即拒否姿勢となる国民が多く、反戦意識が強い。徴兵制の再導入となると、強い反発が予想される。世論調査機関フォルサがRTL/NTVのトレンドバロメーターのために行った調査によると、「軍事攻撃が発生した場合にドイツを武器で守る用意があるか」との質問に対して、59%が「戦う考えはない」と答えている。「戦う」ないしは「おそらく戦う」と答えたのは38%だった。武器を持って戦うとする人は少数派だ。
政党別に分類すると、「緑の党」支持者は武器による攻撃があった場合に国を守る意欲が最も低く35%だ。最も強い意欲を示しているのはCDU/CSU支持者で49%だ(このデータは、フォルサによって2月22、23日に収集された。回答者1000人)。
ピストリウス国防相は1月末、連邦議会で「社会的に、事態が深刻になったときに誰がこの国を守るべきなのかを自問しなければならない」と述べている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。