Apple Car撤退と事業創造力:アップルに市場の評価ほどの開発能力はない

アップルがApple Carと称する自動運転車の開発を止めました。正直驚きはありませんでした。理由はアップルは市場が評価するほど創造力の点において開発能力に長けている会社ではないのです。同社の基本はスティーブ・ジョブズの魂を伝道師であるティム・クック氏が具現化する、その流れを断ち切れないのです。

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私はジョブズ氏が亡くなり、クック氏が継いだ際、これでアップルも普通の会社になるとこのブログで書いたと記憶しています。2011年の話です。株価がそれでも上昇し、アップルというブランドが世界を席巻したのはジョブズが作り上げた遺産が金銭的価値を伴ったからであり、クック氏は路線継承者としては素晴らしい実務者でありました。ですが、彼には創造する力はなかったか、あえてその挑戦をしなかったように見えるのです。アップルは思ったより成功している商品は少ないのです。アップルTVなんていうのも結局何度か挑戦しているうちに消えてしまいました。時間に負けたのです。

今回のApple Carは何がダメだったのか、私の理解する限り、開発のリーダーがいなかったと思います。そもそものApple Carの構想はジョブズ氏が打ち立てたものでGMの買収計画も画策したとされます。それを引き継いだクック氏は非常に中途半端な立ち回りをしています。テスラの買収案が議論されたのは今より同社の価値が1/20の頃とされ、マスク氏と何度か会合を持ったようですが、煮え切りませんでした。理由はアップル社の社内の反対を押してまでも賭け事をしたがらなかったのです。

その後、テスラが「産みの苦しみ」で悶えているとき、マスク氏はクック氏に救いの手を求めますが、クック氏は相手にしませんでした。その後、アップルはベンツやマクラーレンにも触手を伸ばしますが、どれも成就していません。模索しているというより、技術者たちがどこを目指しているのか、ばらばらになっていたのです。ようやく今に至ってクック氏は巨額の開発費用をどぶに捨てることを決断したわけです。が、クック氏にも言い分はあります。「どうせ作っても高くて売れない」。1台数千万円にもなる車ならロールスロイスを買ったほうがまだロマンがあります。

アップルが昨年ヘッドマウントディスプレイを発売、一台50万円という驚愕の金額が話題になりました。当時競合他社、例えばメタが発表した同様のディスプレイは10万円を切るぐらいでした。実際に専門家の目からすれば、アップルのそれはメタなどほかの製品と比較の可否というより全くの別物だとされます。が、アップルはそれでディファクトスタンダードを達成できたわけでもベンチマークを生み出したわけでもないと思うのです。まだ社会的には空間コンピューティングという分野はベータ版に近いような位置づけであります。クック氏の挑戦は評価しますが、やっぱり、これも市場に響かないよね、でこちらもアップルTVのように次作を楽しみに待ちましょう、ということかと思います。

ビジネスとは価値を創造することからスタートします。多くの事業家は一つの成功体験をビジネスに落とし込み、水平展開し、販売を拡充することだと考えます。飛行機でいうテイクオフから安定的な水平飛行です。ですが、大事なことはその飛行機はいつまでも飛べないのです。燃料を補給しないと失速するのと同様、ビジネスは次々と産み出す能力がもっとも問われるのです。

バルミューダという会社があります。というより3万円のトースターが話題になった会社といったほうがわかるかもしれません。同社はそれを2015年に販売し20万台以上のヒットとなります。その後、ユニーク製品を次々と発売、一時期は家電量販店にずらりと同社の製品が並んでいましたが、その後はヒット作に恵まれず株価も一時は1万円を超えたものの今は1300円程度で低迷しています。

起業する際にあまりに当初のインパクトが大きいと第2弾、第3弾はもっと大きなものにしたいし、市場もそれを期待します。それは先ほどの飛行機の例でいえばテイクオフした際、非常に高い高度まで一気に上がることでハードルが上がりすぎる問題が生じるのです。これがたぶん、現代の起業において最も困難なところなのです。

30年前ならまだ自由度はあったのです。今はヒット作を生み出すのは並々ならぬことでアップルですらたまにしかヒットが出ないのです。メタもアマゾンもマイクロソフトもグーグルも皆、同じなのです。そのために彼らは買収という手段ですでに出来上がったうまそうなビジネスを買ってくる、なのであたかも成功したビジネスとして見られるのですが、自社でそれをゼロスタートするのは極めて困難な時代になったのです。

Apple Carはそんな中で自社でゼロスタートをしたのです。「自動車ぐらいできるさ」と。

最近思うことがあるのです。「アメリカ」ー「マグニフィセントセブン」=何が残るのだろう、というこの答えがわからなくなってきたのです。おまえ、そろそろボケたのか、と言われるかもしれませんが、案外この質問は深いのだろうという気がするのです。

起業はたやすくなくなったと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年3月12日の記事より転載させていただきました。