紛争や戦争でどちらかが絶対悪、絶対善というハリウッド映画的な勧善懲悪の構図は現実には成立しません。ですが当事国やそれぞれを応援する各国政府、国連組織、メディアはフェイク情報を流してまで片方を悪者にして、片方を正義、あるいは虐げられている善良な人々というスタンスで報道して、世論を捻じ曲げます。これは報道ではなく、プロパガンダによる世論誘導です。
かつてのベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、コソボ空爆、シリア内戦でもそれは行われており、ロシアのウクライナ侵攻やハマスの攻撃に端を発したイスラエルのザガ侵攻でも行われおります。
このため、ぼくは基本的に現在進行している紛争や戦争についてあまり発言しないようしています。前提となる情報にバイアスがかかっている場合が多いからです。
ですが、今回のイスラエルのガザ侵攻に関しては発言しようと思っています。それは情報があまりにも極端に偏りすぎており、またそれが我が国の国防にまで影響を落としているからです。例えば、伊藤忠は活動家の圧力に膝を屈してイスラエルのエルビット社との取引を止めました。このような影響が既に出てきているからです。
イスラエルに対する批判は非常に多いのですが、それを強硬に主張する人たちや組織は、その一方でハマスの組織的な民間人の誘拐、殺人、拷問、レイプ、性的虐待などについては無視しています。
ぼくはラビン首相暗殺以降のイスラエルの政権は、強権的な姿勢が強くなり、パレスチナに対する圧迫や弾圧もより強くなり、それが現在の対立を招いていると認識しています。また今回の軍事行動においても、報復が行き過ぎているところもあるでしょう。
昨日、在日イスラエル大使館の主催で、ガザにおけるハマスの人道犯罪に対するブリーフィングがプレスセンターでありました。スピーカーはイスラエルの女性の権利、ジェンダー平等、公共政策の専門家である、アイレット・ラジン・ベイト・オル氏でした。
昨年10月7日のハマスによる攻撃では女性320名以上が犠牲になり、100名以上が誘拐されました。襲撃の犠牲になった女性たちは、性的暴行、性的な拷問を受けたり、殺害されたりしました。これらは国連の調査団の調査でも明らかになっています。
また頭部に銃弾を受けたあとで強姦されたり、乳房を切り取られた遺体や性器周辺に銃弾を撃ち込まれたり、火であぶられた遺体もありました。
これに対して紛争直後の国連機関の反応は大変冷たいものでした。UNICF(ユニセフ)のXのアカウンドでは、開戦から5週間の間の80のポストの内、ハマスに対する批判はゼロ、人質に関するものは1件、ガザの人道問題は51件、反イスラエルは9件、中立的なポストは19件でした。
またイスラエルの被害者に関しては「イスラエル当局によれば140名が殺害された」と疑問を呈するような表現があった反面、(ガザ市民への)恐ろしい殺害に激しい憤りを感じるとの声明を出しています。
UNWomenのアカウントでは、同じく5週間でハマスに対する批判、人質に対する言及はゼロ、対してガザの人道問題に対するポストは25件、反イスラエルのポストが12件、中立的ポストは5件でした。
国連の機関ですらバイアスがかかっています。
イスラエルのガザ侵攻に関して、多くの人道や平和関連の個人や団体が批判をしています。ですが、ぼくの知る限り、ハマスの人質問題に言及したところはなく、ひたすらイスラエルを攻撃しています。
果たしてこれが理性的な批判なのでしょうか? 明らかに何らかのバイアスが感じられます。
そしてこれらの人たちは、日本政府や防衛省、防衛産業に対してエルビット社やIAIなどイスラエル兵器メーカーの製品を買うなとキャンペーンを行っています。また代理店の商社、メーカーなどに押しかけてデモおこなうだけでなく、電話やFAXによる嫌がらせも多数発生しています。
非人道的な軍事行動を行っているイスラエル製の武器を買うなということです。
ですが、彼らの主張にはハマスの人道犯罪に対する批判はなく、「可愛そうで善良なパレスチナ人」を「一方的に虐待している悪の帝国イスラエル」という構図になっています。その文脈で民間女性の後頭部を撃ち抜いて死姦したり、乳房を切り取ったりしたことについては彼ら一切触れません。
自分たちが軍事に対する批判のために、ガザ侵攻を利用したいからではないでしょうか。ガザ侵攻を批判するのであれば両者に対する中立的な立場で主張すべきです。
つまり平和団体、人権団体は自分は人権なんぞ実はどうでもよくて、自分たちがデモをしたり、攻撃したりするための道具として人道を使っているのではないでしょうか。
それが人道や平和を追求する行為でしょうか。
ハマスはイスラエル国防軍に正面から戦えないので、「多少の」非人道的な行為には目をつぶるのでしょうか?
確かに圧倒的な軍事力に武装組織が正面から戦えません。ですが、それを是とするのであれば、アルカイダの9.11の攻撃や日本赤軍のテロ行為も是としないといけません。平和団体や人道団体はテロを肯定するのでしょうか?
そのような邪なイデオロギーに基づく嫌がらせに屈して、イスラエルとの取引をやめるべきではありません。特にエレクトロニクス、無人機、サイバーなどのイスラエル企業は大きな強みがあり、はじめから排除するのであれば、国益を損なうことになります。
また欧米他、多くに国々の装備にはイスラエル製のコンポーネントが使用されています。例えばアメリカ戦闘機に一つでもイスラエル製のコンポーネントが使用されている場合は、その戦闘機の輸入を停止するなり廃棄するなりしないといけないのでしょうか。
実はイスラエルに批判的なアラブ諸国でも、その辺は見ないことにして、欧米製兵器を買っています。
実は平和団体や人道団体はイデオロギーだけで軍事産業の実態を知りません。だからみえることろで、殺人ドローンをいれるな!とか騒いでいるだけです。
それに屈したのが伊藤忠です。子会社の伊藤忠エアロスペースが代理店だったエルビット社の関係を清算してしまいました。これは本社がやっているファミリーマートへの不買運動や本社への嫌がらせで業務が滞ったからだと聞いております。つまりは担当者事なかれ主義と保身でしょう。
企業として哲学や理念やビジネスの指針ではなく、単に批判に脊髄反射して運動家に屈したわけです。これに気を良くした運動家たちは更に運動を広域化、強化しています。他の商社や防衛省に対して後ろから弾を撃つに等しい卑怯な行為です。
率直に申し上げて、そのような態度をとるならば伊藤忠は防衛産業から撤退すべきでしょう。なにかある度にファミマの不買運動でもおこれば、白旗を上げるのであれば、軍事部門から撤退して「平和企業」になるべきでしょう。
例えば今度米国の軍事行動に対し非難が起こってファミマの不買運動が起こったら、米国製の機体やコンポーネントの扱いを止める可能性があります。そうなれば自衛隊は半身不随になります。
このような日和見的な態度をとることは、外国メーカーだけでなく、防衛省や自衛隊、そして納税者にも迷惑を掛けます。
であれば、子会社の伊藤忠エアロスペースも売却すべきです。場渡り的に嵐が過ぎるまで頭を下げるという卑しい商人根性の企業は、防衛産業から撤退すべきです。
編集部より:この記事は、軍事ジャーナリスト、清谷信一氏のブログ 2024年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、清谷信一公式ブログ「清谷防衛経済研究所」をご覧ください。