核を巡る世界情勢は大きく変わった

大量破壊兵器、核兵器を巡る世界情勢は益々厳しくなってきた。ロシアのプーチン大統領はウクライナ戦争で核兵器の使用を何度も示唆し、ならず者国家の北朝鮮やイランは核兵器を製造し、世界の核保有国入りを目指している。ロシアは核兵器の宇宙空間配置すらちらつかせ、世界を威嚇している。ウクライナ戦争に対峙している欧州諸国では核の独自の抑止力の構築を求める声が飛び出してきた。

国連安全保障理事会は議長国・日本の主催で「核軍縮・不拡散」をテーマに閣僚級の公開会合開催(2024年3月18日、日本外務省公式サイトから)

そのような状況下で18日、国連安全保障理事会は議長国・日本の主催で「核軍縮・不拡散」をテーマに閣僚級の公開会合を開いた。議長の上川陽子外相は、「兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の交渉開始機運を高めるため、フレンズ(友好国)グループを立ち上げる」と発表した。FMCTは、核兵器用の高濃縮ウランやプルトニウムなどの生産を禁止する条約だ。

同会合にウィーンから包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)のロバート・フロイド準備委員会事務局長が参加し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効を改めてアピールした。ジュネーブの軍縮閣議でCTBTが採択され、1996年9月の国連総会で核物質の爆発を禁止する条約の署名、批准が始められたが、条約発効に必要な要件(条約第14条=核開発能力所有国の44カ国の署名・批准)を満たしていないため、条約は28年経っても依然発効していない。ただし、米英仏ロ中の5カ国は核実験のモラトリアム(一時停止)を遵守してきた。

フロイド事務局長は第2次世界大戦中に原爆が投下された地球上に2カ所のうちの1カ所、広島を訪問して感じたことを報告してから演説を始め、核兵器の破棄という問題を「この世界で最も困難な課題」と指摘、「今日の不確実な地政学的状況は3年前よりさらに複雑となってきた」と述べた。

「1945年から1996年の間、CTBTが署名されるまでに2000回以上の核実験が行われた。そのほとんどは広島を破壊した爆弾よりも遥かに大きい。広島の爆弾の爆発はTNTで1万5000トン相当だ。今までにテストされた最大の爆弾はTNT5000万トンだ。全ての力が破壊するために使われた」

(現在、世界9カ国が核兵器保有国と受け取られている。米ロ英仏中の国連安保常任理事国の5カ国、それにインド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮だ。次期核保有国候補国としてイランが挙げられている)。

その後、1996年にCTBTが合意され、核実験の包括的禁止に向かって世界は動き出した。337カ所の監視施設からなるグローバルネットワークは地球上のどこででも核爆発を監視する。地震活動を監視し、海洋の音波、大気中の音波、空気中の放射性粒子を検出し、そのデータをウィーンのCTBTOに送信する。データはすべてのCTBT加盟国が共有する。

しかし、核兵器を取り巻く状況は2021年以来、変わってきた。フロイド事務局長は、「新しい戦争と紛争によって引き起こされた不安と不確実性が高まってきた。核兵器が再び公衆の意識に戻ってきた。オスカー賞受賞のオッペンハイマー映画のおかげではない。1つの国が非常に懸念すべきレベルの高濃縮ウランを蓄積しているとの報告がある。いくつかの国の旧核実験場での活動の増加に関する報告が届いている。いくつかの国が核兵器の使用を検討している可能性がある」と指摘した。

(オーストラリア外交官出身のフロイド事務局長は国名を挙げなかったが、イランは核兵器用の濃縮ウランの生産に邁進し、ロシアと中国は旧核実験場での活動を活発化し、ロシアはCTBTから脱退し、北朝鮮は核兵器の増強に余念がない)。

同事務局長は、「不確実な時代には、より多くの確実性が最良の対応だ。CTBTの検証システムは、地球上のどこででも核爆発を検出できる。透明性をさらに高めるためのツール、確実性を提供するためのツール、信頼を築くためのツール、秘密裏にテストを行っているとの疑念や主張を晴らすためのツールを有している」と強調、①国際監視システム(現在90%完成)②協議と明確化、③信頼構築メカニズム、④現地査察の実行の4点を挙げている。

フロイド事務局長は最後に、「2021年以降、世界は変わったが、CTBTが発効すれば、世界はもっと確実性と信頼が生まれ、共有された政治的指導があれば、私たちは2度と核兵器による無差別な破壊を見ることがなくなるだろう」と強調した。

CTBTOから配信されたフロイド事務局長のスピーチテキストを読んでいると、「悔い改めよ、天国は近づいた」と砂漠で叫び続けた洗礼ヨハネの姿を彷彿させる。事務局長には申し訳ないが、世界の流れはここにきて核兵器の価値の見直し、その核の抑止力の強化といった方向に傾斜してきている。第2次冷戦時代の到来だ。

例えば、北朝鮮は核兵器を自国存続の保証と考えているから、核カードを放棄することは絶対にない。朝鮮半島の非核化は金正恩総書記体制が続く限り、考えられない。金正恩総書記は、核開発計画を放棄した直後、権力の座から追放されたリビアのカダフィー大佐の二の舞を踏まないからだ。

参考までに、核開発計画放棄表明後(2003年)、リビアが欧米諸国の支援を受けて国民経済を発展させ、繁栄していったならば、核兵器を模索している国も“リビアに続け”ということになっていたかもしれない。時代の針を元に戻せないが、リビアのカダフィー政権の崩壊は世界の非核化プロセスからいえば、大きな後退となった。その後、“第2のリビア”は出現していない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。