社会運動家への警鐘:『イオンシネマ車椅子騒動』を改めて解説する

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イオンシネマで介助を断られた経験をX上で投稿し、議論になっている車椅子インフルエンサーの人(以下N氏)が話題のようですね。

全容をご存知でない方もおられるかと思いますので、ネット上で見かける疑問や質問、批判意見などを基に一問一答形式で当方の考えを述べていきますね。

(1)「車椅子ユーザーの介助を断るなんて、イオンシネマ酷くない!?」

介助を断ったのではありません。当該イオンシネマには車椅子のまま利用できる席があったにも関わらず、N氏はあえて介助が必要なプレミアムリクライニングシート利用を希望し、1人で訪れては毎回劇場スタッフに介助してもらっていたのです。

今般はその介助終了後に、支配人らしき人から「スタッフのリソースにも限りがあるので、今後はご遠慮頂きたい」との主旨の発言があり、N氏は「これまで何回もやってくれてたのに!」と悲しみと怒りの感情が高まり、X投稿に至ったという背景事情です。

(2)「スタッフの人手不足といっても、車椅子で不自由している人の介助くらいできるだろう!?」

車椅子専用スペースまでの案内程度ならできるでしょうが、今般は段差のある席まで車椅子と人を運び、席に乗せるところまでおこなう必要がありました。

N氏自身の投稿でも、今般のスタッフは過去同様の対応経験もなかったようでしたが、サービス介助士など専門の資格や講習を受けていないスタッフが対応することは大変な重労働であるうえ、車椅子ユーザーに怪我や骨折をさせるリスクがあるほか、緊急避難時にも差し支えるため危険です。施設としてもそこまで対応する必要はないでしょう。

(3)「イオンシネマは車椅子ユーザーに対して『合理的配慮』ができてない!これは障害者差別解消法違反だ!」

法律のガイドラインをお読み頂ければ明白ですが、合理的配慮は「その実施に伴う負担が過重でないときに」講ずること、とされています。

そして、車椅子ユーザーに対する合理的配慮の具体例として「車椅子のまま着席できるスペースを確保」が挙げられています。

そのため今般のように「介護資格者でもないスタッフに車椅子と人を運ばせ、段差がある席まで移乗させる」というのは明らかに「過重負担」です。合理的配慮義務とは、決して「ワガママを全て受け容れる」と同義ではありません。

(4)「じゃあなんでイオンシネマは謝罪文を出してるんだ!? イオンシネマ側にも悪いところはあったんだろう!?」

これも謝罪文をよく読めば分かりますが、イオンシネマが詫びているのはN氏に対する「不適切な発言」のみです。合理的配慮については一切言及していません。

あえてイオンシネマ側の問題を挙げるとするならば、これまで良かれと思って、N氏に対して介助(移乗)サービスを複数回おこなってしまったことですね。そのため「前はやってくれたのに」という前例を作ってしまいました。

「当劇場には身体介助できる有資格者がおりません。お客様にもしものことがあっても責任を負えませんので、サービス提供はできません」で通しておくべきでした。

(5)「なぜ日本人は障害者や弱者にこれほど厳しいのか!? 人権意識が低い!」

障害者に厳しいのではなく、「理不尽な要求をするクレーマー」に厳しいだけです。あと、低賃金で理不尽クレーマーの相手をさせられる接客スタッフもまた弱者といえますので、人権をとやかく言うなら、店員さんの人権にも配慮すべきでしょう。

またN氏は「車椅子インフルエンサー」を自称しているようですが、氏の今般の発言のせいで、他の車椅子ユーザーの方々がこれまで築いてこられた善意と信頼の関係をブチ壊し、彼ら・彼女らが肩身の狭い思いを強いられることになりかねません。せいぜい「迷惑系YouTuber」といったところでしょう。

今般の騒動で、イオンシネマで働く方々が今後理不尽な対応を強いられ、無理をされることがないよう、くれぐれもお願いしたいところです。会社側は顧客のみならず、従業員の皆さんの心身の安全も確保なさってください。

あと、社会運動家の皆さんもぜひご留意頂きたいですね。単に弱者属性に身を置いていれば正しい側に居られる時代はもう終わりました。

日々の活動の中で、我々一般労働者やサービス従事者の善意をさも当然かのように扱い、理不尽な要求を強いて、断られたら会社相談窓口よりも先にSNSで晒して悪者扱いをしてしまうと、あなた方のお仲間の支持は得られても、大多数の労働者を敵に回すことになりますので。


 

(編集部より)この記事は、新田 龍@nittaryoのポストを、許可をいただいた上で転載いたしました。