サッカー界「商業主義と愛国心」の狭間

ドイツのメディアは22日、独サッカー連盟(DFB)の話がウクライナ戦争とパレスチナのガザ戦闘を凌ぐほどのビックニュースとして報じた。DFBの突然の決定は単にサッカーファンだけではなく、ドイツの政治家も巻き込む波紋を投じたのだ。

ドイツで今年6月14日から7月14日まで欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州選手権が開催(DFB公式サイトから)

具体的には、DFBが21日、長年のパートナーであるアディダスとのサプライヤー契約が満了した後、2027年から米国のライバルであるナイキに変更すると発表したのだ。DFBのこの決定は予期しないものだったので、関係者は驚いた。

DFBの決定はスポーツジャーナリストだけではなく、政治家をも巻き込む大きな出来事となった。DFBがサプライヤーの変更の第一の理由がナイキがアディダスより倍の契約金を払う事で、これが分かると、サッカー界の「コマーシャリズムと愛国心」の関係といった哲学的なテーマまで飛び出してきた。

米国のスポーツ用品メーカー「ナイキ」との提携は2027年1月に始まり、2034年まで続く予定だ。ナイキはこの期間中、すべてのドイツ代表サッカーチームに装備を提供することになる。DFBのベルント・ノイエンドルフ会長は「ナイキと協力し、我々に寄せられる信頼を楽しみにしている」と語った。

DFBの決定がドイツで6月に開幕される欧州サッカー連盟(UEFA)主催の欧州サッカー選手権の直前に下されたことから、スポーツ記者の中には「タイミングが悪い」という声が聞かれる。ホストのドイツチームは依然アディダスのユニフォームを着用して試合に臨むことになる上、宿舎など関連施設はアディダスが準備したものを利用することになるからだ。

ロベルト・ハベック副首相(経済相兼任)は、「3本線のないドイツのジャージを想像することはほとんどできません。私にとって、アディダスと黒、赤、金は常に一緒のものだった。ドイツ人のアイデンティティの一部だ」と述べ、「DFBには愛国心がもう少し欲しかった」と語ったというのだ。カール・ラウターバッハ保健相(SPD)は、「アディダスはもはやサッカーの代表ジャージであるべきだ。米国の会社?商業が伝統と家庭を破壊するのは間違った決断だと思う」とX(旧ツイッター)に書いている。

独大衆紙ビルトによると、バイエルン州のマルクス・セーダー首相(CSU)は、「ドイツサッカーは純粋な祖国であり、国際的な企業闘争の駒ではない」と指摘。CDUのフリードリッヒ・メルツ党首は、「DFBの決定を理解できない。非愛国的だ」と酷評している、といった具合だ。

アディダスとプーマは兄弟会社のスポーツ用品販売会社で世界的に有名だ。だから「ドイツの高品質のシンボルとして世界に宣伝してほしい」と考える政治家が多い。それをDFBが突然、ライバル会社の米会社ナイキに変更したというわけだ。ただし、契約金が年5000万ユーロだったアディダスの倍、年間1億ユーロ以上と推定されている。契約金の違いは大きい。DFBも最近は赤字経営だといわれている。愛国心だけではもはや十分ではないというわけだ。

ちなみに、DFBとアディダスは長い付き合いだ。アディダスはDFBの決定に驚き、「DFBから21日、協会が2027年から新たなサプライヤーを迎えることになると知らされた」と述べている。アディダスは独南部バイエルン州のヘルツォーゲンアウラハに拠点を置いている。

それでは一般国民、サッカーファンたちは今回のDFBの決定をどのように見ているだろうか。ドイツ民間ニュース専門局ntvによると、ファンの間ではDFBの決定に批判的なコメントがソーシャルネットワーク上で圧倒的に多い。「反逆罪だ」といったコメントもあった。スポーツ雑誌キッカーが22日午後に実施した継続的なオンライン調査では、参加者の90%が代表チームのユニフォームの変更は間違いだと回答している。

DFBが直面している問題はサプライヤーの変更といった経済的な問題以上に、ドイツ代表チームがファンの期待に応えていないことだ。

ドイツ代表は過去3大会で成績が振るわなかった。2018年のモスクワ大会と22年カタール大会年のワールドカップ、そして21年の欧州選手権では予選ラウンドで落ちた。日本チームはカタール大会ではドイツと同じ予選グループだった。そして2対1でドイツチームに勝利したことはまだ記憶に新しい。ビルドは「偉大で誇りあるサッカー王国の終わりを体験した」と嘆いたほどだ(「『サッカー王国』ドイツのW杯予選落ち」2022年12月4日参考)。

ちなみに、カタールW杯大会ではドイツチームの試合は散々だったが、同性愛者への連帯を表示した腕章を付けたことでホットな「文化論争」を引き起こしている。

もしドイツ代表が昔のように強いチームだったら、サプライヤーの変更問題でも批判に晒されなかっただろう。ドイツチームが本拠地ドイツで開催される欧州選手権で過去3大会のような成績に終わるようだと、DFBへの批判の声は更に高まることは必至だ。

参考までに、ドイツ代表チームは23日、フランス代表チームと、26日はオランダ代表チームと試合する。ドイツにとって地元主催の欧州サッカー選手権前のテスト試合だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年3月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。