一利を興すは一害を除くにしかず

『元来世間のことは雑草のように、油断をすれば際限なく生(ふ)えてゆくものである。事件が次から次へと増加してゆくと、その繁雑に紛(まぎ)れて、だんだん余裕も反省もなくなってしまう。そして結局破滅に陥るものである。絶えず問題を省(かえり)みると共に省(はぶ)いて、手にも心にも余裕を存することが必要である。政治とは省治である。役所を「省」と称することは誠に深意がある』と、明治の知の巨人・安岡正篤先生は言われています。

拙著『安岡正篤ノート』(致知出版社)の第一章「私の心に残る片言隻句」でも御紹介したように、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンに重用された耶律楚材(やりつそざい)は、「一利を興(おこ)すは一害を除くにしかず。一事を生やすは一事を減らすにしかず」ということ、即ち絶えず問題を省みて省くことの大切さ・必要性を説きました。

私はこの考え方ほど、組織運営において正しい真理は無いと思っています。大体が組織は常に大きくなる方へと働くものです。しかし組織というのは、そう大きくなったら良いわけではありません。何故なら効率性も落ち、無駄がどんどん生じるからです。官民問わず基本いかなる組織体であろうとも、使った資源に対する得られた成果割合を最大化すべく、効率を重視しなければなりません。

ところが往々にして官の仕事は、何処の国でも大なり小なり、効率性やコストを軽視した中で行われています。ドイツの財政学者アドルフ・ワグナーによる「国家経費膨張の原則」というのが昔からありますが、国家経費は官僚組織が肥大化する中で限りなく増えて行きます。そういう意味で此の原則に当て嵌まる最たるものは、中国共産党と言えましょう。

死ぬ迄その地位に応じ高級邸宅が国から供与され、死ぬまで退任時の報酬・車・秘書付きの生活が保障される――一たび高位のポジションに就いた人は、こうした信じ難いレベルの処遇を維持すべく、組織の防衛に努めます。そして結局それは不自然な形での体制維持に繋がって、無駄を省くどころか際限なく無駄を作り出すのです。中国共産党のようにならないためには、「一利を興すは一害を除くにしかず」と肝に銘じ、省みて省くという姿勢を徹底する必要があるのです。

「一利を興すは」利がありそうなものをどんどん付け加えて行けば良いのではなくて、「一害を除くにしかず」と耶律楚材が言っているように省くことが極めて大事なことだと思います。私自身、経営者として何時もこの考え方を頭に入れています。例えば赤字を垂れ流す事業という一害を除いたら、その垂れ流していた利益を他の一利を興すために持って行けるわけです。私は、こういうことが常に革新を生む一つの条件になる、と思っています。


編集部より:この記事は、「北尾吉孝日記」2024年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。