1.50年前の日本? インド改造計画?
インドは、人口14億人を超えて世界第2位注1)、名目GDPは第5位注1)となり、今やアメリカ、中国に次ぐ第三の大国である。経済成長著しいインドでは、高速道路や鉄道の建設が急ピッチで進められており、社会資本整備によるフロー効果は言うまでもなく、主要都市が交通ネットワークで結ばれた後のストック効果も計り知れないほどの経済効果をもたらすことが想定される。
このような活気に満ちたインドを牽引するのはナレンドラ・モディ氏である。彼はエリート階級ではなく、紅茶売りの家に生まれた。田舎出身かつ非エリート階級からグジャラート州首相、そしてインド首相に登りつめた。地方と都市を高速道路網や鉄道で結び、国全体の経済活性化を図る姿は『日本列島改造論』注2)を発表した田中角栄を彷彿とさせる。
近年、日本は自由で開かれたインド太平洋を推進するために対インドODAの拡充を進めている。ここでは、インフラ整備、特に鉄道を通した日本とインドの連携や今後の関係について考えをまとめる。
2.インドにおける日本のODAの現状
概要注3)
日本が最初の円借款を行ったのは1958年である。そして、このときの供与先がインドであり、従来の戦後賠償を目的としたODAではなく、経済協力を目的としたODAの始まりとなった。
2004年以降、日本の円借款供与最大国はインドであり、近年は技術協力も増加傾向である。大部分がインフラ投資に使われており、インド各地のメトロプロジェクトをはじめ、道路や高速鉄道プロジェクト等を通して人や物の移動を円滑にし、経済発展を支えている。さらには、渋滞・環境改善によって住民の生活を豊かにしている。
以降はデリーメトロ都市鉄道とインド高速鉄道を例として、日本とインドの連携状況を述べる。
デリーメトロ都市鉄道
デリーメトロ都市鉄道は1998年8月に事業を開始し、2002年に開業した。全部で9路線、駅数は288駅、総延長は392.448kmに及ぶ注4)。同じ9路線を有する東京メトロの駅数は180駅、総延長は195.0km(営業キロ)注5)であることからデリーメトロの規模の大きさがわかる。
デリーメトロ都市鉄道は、1995年の計画段階から設計、施工、運行管理まで一貫してJICAや日系JVの協力を得て、プロジェクトマネジメントを実施している。工事現場の完全管理や工期遵守、開業後の安全・定時運行等至るところで「日本式」を採用している点が大きな特徴である。また、地下鉄網の発展は、慢性的な渋滞や排気ガスによる大気汚染だけではなく、デリー市民の生活を大きく変えたと言われている。
写真1にイエローライン試乗時の様子を示す。なお、駅構内での写真撮影は原則禁止であるが、JICA職員同行のもと、許可を得て撮影した。安全対策(ボディチェックと手荷物検査)が必須である点を除き、駅や車両の様子、時間通りに運行する様子は日本の地下鉄と変わりはなかった。
写真2に日本のODAであることを記す看板を示す。この他にも駅構内の展示スペースには、日本の協力を示す展示物や写真が多く展示されていた。
インド高速鉄道
現在、建設中のインド高速鉄道(ムンバイ~アーメダバード)は、2015年にインド政府が日本の新幹線方式を採用した。この事業では、建設、運営だけではなく、人材育成も日系企業が担っており、日本式の運行訓練施設の施工やインド人に対する研修を日印の現場で実施している注6,7,8)。
研修では、日本の鉄道のエッセンスであるpunctuality/on time(定時性)の概念を伝えるとともに、日々の研修生活を通して時間厳守の徹底を実践し、その他にも専門分野を習得する内容となっている。最初は日本人がインド人管理者に技術やノウハウを教えるスタイルであるが、その後はインド人管理者が核となり、インド国内で後進を育成するスタイルとなっている。
3.鉄道分野における日印補完関係
これらの事例より、インドは鉄道建設だけではなく、日本式の運行管理や人材育成の導入に積極的であることが伺える。インドが求めているのは、ハードとしての鉄道ではなく、社会システムとしての鉄道であり、日本の鉄道が有する付加価値がインドのニーズと合致していると推察する。
図1に鉄道分野における日印補完関係を示す。
前述の通り、鉄道建設プロジェクトは長期間のパッケージ型契約である。
導入初期に日本の技術やノウハウ、日本式のトレーニング施設をインドやインド人管理者に継承する。その後はインド国内において、日本から直接学びを得たインド人管理者がインド人技術者を育成する。
そして、将来における日印補完関係を考えてみる。
日本の鉄道現場は人手不足が深刻化し、自動運転やAI等の活用による効率化・省力化に積極的である。一方、人口ボーナス期を迎えたインドは、国内の産業成長が追い付かず、増加する人口に十分な雇用の場を提供できない状態である。したがって、人手不足の日本と働き口不足のインドの補完関係が成立し、インド国内で育成されたインド人運転士やインド人技術者が日本の鉄道現場で働く日がやってくるのではないだろうか。
4.まとめ
ODAを始めとする鉄道分野におけるこれまでの日印関係では、日本の技術・ノウハウをインドに提供する形であった。しかし、今後は技術やノウハウの補完ではなく、人材で補完する形になることが考えられる。
2024年3月29日に特定技能の外国人労働者の受け入れ枠の上限数や分野の追加について閣議決定した。新たに「自動車運送業」、「鉄道」、「林業」、「木材産業」の4分野が追加され、人手不足が深刻な産業で外国人労働者の受け入れが加速することが想定され、図-1の日印補完関係が現実味を帯びている。
定時運行や安全性の高さは日本の鉄道が世界に誇れる特徴であり、他国が日本との連携で求めていた点であった。日本の鉄道を日本人だけでは維持できない時代になってしまうのは少々残念に思う次第である。
【参考文献】
注1)総務省統計局:世界の統計2024
注2)田中角栄:日本列島改造論,日刊工業新聞社,1972.6.
注3)JICAインド事務所:対インド協力の現状,(参照日2024-03-23)
注4)デリーメトロHP(参照日2024-03-19)
注5)東京メトロHP(参照日2024-03-19)
注6)日本コンサルタンツ株式会社:インド高速鉄道公社 Key O&M Leaders研修,(参照日2024-03-19)
注7)日本コンサルタンツ株式会社:インド鉄道省・高速鉄道公社職員研修,(参照日2024-03-19)
注8)日本コンサルタンツ株式会社:インド国ムンバイ・アーメダバード間高速鉄道プロジェクトにおける研修施設整備,(参照日2024-03-19)