リッカルド・ムーティ&シカゴシンフォニーオーケストラのフェアウェルツアー(パリ)

ムーティ様!ムーティ皇帝!!ムーティ神!!!

なんという指揮者。リッカルド・ムーティが極上で最高峰でものすごいのは知っているけど、その期待と想像をはるかに超えた、奇跡のような演奏会!

主兵シカゴ・シンフォニー・オーケストラ(シカゴ交響楽団)との、フェアウェルヨーロッパツアーの一環。ブリュッセルからスタートし、パリが2日目。このあとヨーロッパ中を3週間くらいで周るそう。2日開催の都市が羨ましい。

ウィーンでのウィーンフィル以来1年8ヶ月ぶりの大好き指揮者。パリで&このオケと聴くのは実に4年ぶり。本来コヴィッド中にフェアウェルツアーがあったのだけど中止になったのが今に延期になった。

マイナス2度をものともせず、最後のムーティ&シカゴ響という貴重な体験を逃さずにはいられない!と満員御礼フィルハーモニー・ド・パリ。4年前より、アメリカ人富裕層が目立たない気がする。逆に、真の音楽愛好家が多いのでしょう。その感覚は、公演中の咳の少なさ&途中の拍手ゼロという状況にも裏打ちされる。

あらかじめ舞台で音鳴らししているオケ見ながらすでにワクワクドキドキの中、演奏会スタート。マエストロの登場で、ブラヴォー&拍手喝采なのは前回も、そしてウィーンでも同じ。気がつけば、巨匠中の巨匠だものね。

フィリップ・グラス”The Triumph of the Octagon”。直訳すると”八角形の凱旋”。シカゴやムーティと仲良しのグラスが2023年9月にムーティに献上した新曲。

南伊出身のムーティが子供の頃に訪れて感動した”カステル・デル・モンテ”。ローマ帝国後半にフリードリヒ2世が立てた八角形の城に、リッカルド少年は感動しずっと記憶に残っていて、シカゴ響のオフィスにもこの城砦の写真ずっと飾っていたそう。この写真を見たグラスとムーティがおしゃべりする中で、この新曲が誕生した。

グラスらしいミニマルを基調とした反復とアレンジ。下手なオケや指揮者だと確実に飽きるだろう10分間が、ムーティの棒とオケだと、驚くほど饒舌に意義深く、音の一つ一つに意味が投影されて感動する。シンプルが最も難しい、というのは、食やモードなどあらゆるアートに共通するのだろうけれど、それの見事なまでの完成形に触れた、ものすごく貴重な時間。

客席には、作曲家の姿。自分の作品に、贈った相手が主兵オケを通して信じられないほど美しい命を与えてくれている瞬間を体感できるって、どんな気持ちなのかしら。ヨーロッパツアー帯同してるんだろうなぁ、いいなぁ。

曲ごとのオケの編成変化も楽しんでね。

グラスは、奇数側10列目くらいの通路席に鎮座してた。写真じゃ映らない場所。

メンデルスゾーン”シンフォニー4番イタリア”。”クラシック100選”なんかに選ばれそうな名曲中の名曲だけど、まさかこんなに素晴らしい曲だったとは・・・と、ある意味、今日一番の感動。

端正でエレガントなのは、ムーティーのデフォルト。そこに、小規模編成ならではの、奏者一人一人の魅力を存分に引き出したイメージ。4本しかないコントラバスは音量は普通なのになぜかお腹にずしんと響くし、高音弦は乱れなく軽やかにチャーミングに、イタリアの太陽のごとく朗らかに。

圧巻は、フルートとクラリネットのソロ。フルートは入った瞬間に雲の隙間から太陽光が差し込むように鮮やかに艶やかにその音色を輝かせるし、クラリネットの超絶技巧かつ伸びやかでクリアな音色は信じられない美しさ。クラ主席、この曲だけの演奏でもったいない。次もこの人のソロで聴きたかったなぁ。(2020年のブログ見返したら、この時も彼を絶賛していた。最後にリンクあります)

感動の音色を響かせたクラとフルートのトップ、二人とも名前はステファン(フルートは正確にはシュテファン)。
そういえば、シカゴは昔もとびきりのフルートがいた。確かフランス人。何年か前にベルリンフィルに移籍したけど、コヴィッド中に辞めてた。ワクチン反対派とかなんかそういうのが原因だったような?今、どこにいるんだろう。

メンデルスゾーン的にロマンティックに愛くるしく、ではなく、あくまでも端正に精密に、下手にベタベタにせず凛とした曲作りの中に、イタリアへの愛がたっぷりこもっていて、ただただ聴き惚れる。

メンデルスゾーンのあまりの名演に、拍手がいつまでも止まらない。
それに応えて、マエストロは、左奥からちょこっと登場し、最後にペコリ&バイバイ。

アントラクト終了前。大入り満員フィルハーモニー・ド・パリ。今シーズン最高値にも関わらずチケット争奪戦だった。

後半は、リヒャルト・シュトラウス ”イタリアから”。

故郷イタリアにオマージュを捧げた本プログラム(ツアー中のもう一つのプログラムには、ストラヴィンスキーとかプロコフィエフ入ってるようで。そちらも聴きたかったー)。

シュトラウス初期の作品。音源でも聴いたことなかったので、ネットで2度聴いてから本番迎えたけど、最初の5秒で、予習と全然違う!なんて素晴らしい曲!と夢中になる。

もちろん、パソコンで聴く音源は言ってみれば2Dで、演奏会は3Dなので、そもそも比べようもないのだけれど、平面と立体の違いを超え、ムーティの解釈が神がかってる気がする。

引き続き端正でエレガントなのだけど、冒頭の1分で、祖国への限りない愛情と慈しみが後から後から湧き出て大きな会場に溢れ出てしまうよう。あまりの美しさに、大きくため息。

表情をほとんど変えずに振ることが多い(経験だと)ムーティが、この曲では口角少し上がる場面も何箇所もあってちょっと意外。振り返ると今日の3曲は全て、いつもよりも動きも少し大きい。思い入れ入るよね、やっぱり。

シカゴ響の真骨頂的な巨音の金管は、シュトラウスとしては小規模編成なのもありそこまで大音量ではないけれど、チューバ並みに吠えるトロンボーンやコントラバスの唸りに痺れし、さっすが。アメリカの中でも、今多分、シカゴがトップなのでしょうね。質も財政も(ギャンランティも)。

イタリアの4都市の4情景、それぞれ全て対する作曲家と指揮者の想いが溢れ出ているような至福の50分。

シカゴ響の強い響きをあえてある程度制し、指揮の魅力が燦然と輝き満ちた3曲。ずっと皇帝というイメージだったけど、今宵の演奏は、解脱した精神性を感じる。

ソリストなしの、指揮者&オーケストラ満喫プログラムにしてくれて、本当にありがたい。

割れんばかりの拍手とブラヴォーの中、イタリア語でスピーチ。”ごめんねイタリア語で”、”プッチーニ・・・マノン”くらいしか言葉わからない。

そしてアンコールは、プッチーニ”マノン・レスコー”。涙なしには聴けない旋律&音色&解釈で、ついに涙腺崩壊。

(後日、知人に内容聞くと、”辛いことが多い人生だったプッチーニへのオマージュ。この辛い時代、平和と愛、他者への敬意を喚起するべく、マノン・レスコーを”と語ったそう。このメッセージだけで泣いてしまう・・。)

思えば、ムーティはオペラ振りだった。ムーティの初体験は、1996年ラ・スカラでの「ナブッコ」(強烈体験、一生忘れない)だったし、同じ劇場で「ラインの黄金」(こちらは、ナブッコに比べると今ひとつだった)も聴いてる。その後は、演奏会しか縁がないけど、彼が引退する前にもう一度、イタリアオペラを聴きたいな♪

最後の最後まで、祖国への愛溢れる、感動演奏会。今日、ここでこの演奏会を体感できた幸せと興奮と喜びを、ムーティファンの知人と夢中になって語り合い、多幸感に満ちた演奏会とマエストロ・ムーティ&シカゴ響に感謝。

ムーティ&シカゴ響体験は、4年前と今回の2度だけ。ヨーロッパツアーに帯同させてほしい、真剣に。

インスタグラムにブラヴォーの映像あります。

2020年1月ムーティ&シカゴシンフォニーオーケストラの様子はこちらです


編集部より:この記事は加納雪乃さんのブログ「パリのおいしい日々5」2024年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「パリのおいしい日々5」をご覧ください。