嫌われてもいいが恨まれてはいけない

黒坂岳央です。

「嫌われる勇気」という本が大ベストセラーになって久しい。YouTube上でもたくさんの発信者が「嫌われてもいい」という主張をしたことで、この考え方は市民権を得てきたという感覚がある。

「嫌われてもいい」と考えて、自分が思ったことを何でも発言する人の中には嫌われるを通り越して恨まれる人もいる。これは良くない。嫌われる勇気は必要だが、恨まれる勇気はいらないと思っている。最終的に自分の身を滅ぼすことになるからだ。

恨まれないためにはどうすればよいのか?

boommaval boommaval/iStock

名指しの批判をしない

日本には言論の自由がある。だが、不文律に「名指しで批判はしない」ということは覚えておいて損はないだろう。

たとえば「日本人は政治に関心をもたず、国の政策に言いなりで思考停止のバカである」という発言は大きな問題にならないが、主語が「日本人は」から「あの人は」と特定の人物に置き換えるとその相手から恨みを買う。

自分が記事や動画で発信する際に意識しているのは、「批判は名指ししないが、褒める時は名指しする」である。「あの人はこういう点、こういう作品が素晴らしい」という話はしても、「あの人はここがダメだ」とはたとえ思っていても絶対に口に出さない。

どんな人にもアンチとファンが居る。名指しで悪口をいえば、SNSを通じてファン経由で本人に伝わる。強い恨みを買うと訴訟されるリスクもあり、両者になんのメリットもない。また、シンプルに人の恨みは怖い。行き過ぎた憎悪は文字通り身を滅ぼす事になりえる。だから批判する時はあまり名指しするべきでないと思うのだ。

人間性ではなく行動を批判せよ

また、批判する時は相手の性格や生まれなど、人間性に言及するべきではなく、あくまでその人物の行動についてなされるべきだ。

政治家やインフルエンサーは批判の槍玉に挙げることが多いが、「あの人は性格が悪い」といった人間性への批判を見ることがある。これは良くない。なぜなら世の中、いいも悪いも表裏一体であり、ある人たちにとっても「良い」は別の人にとっての「悪い」にもなり得るためだ。

批判している人たちも完璧な人間性の持ち主ではないのだから、「他人の人間性を批判するようなあなたの人間性こそダメでしょ」という強烈なブーメランが成立するので、人間性への攻撃は稚拙でまっとうな議論にならない。下手をすると相手から強烈な恨みを買うこともある。

だが、行動の批判は話が別だ。たとえばビジネスマンが不誠実な行為で批判を浴びたり、政治家が自己利益を優先して公共を優先しなかったという行為は批判されても仕方がない。また、批判される側も「こういった行為は糾弾されるのだな」という次善につながるので、言い方は考える必要はあるが真っ当な批判は建設的になる。間違った行動が理由での批判は自分にも責任があるので、恨みを買うことも少ないだろう。

やりすぎない

そして最後に批判をしすぎないことだ。

どうしても相手に一言ハッキリ言いたい!と思う瞬間が誰にでもあるだろう。そんな時はしつこく攻撃しすぎないことが重要だ。一発だけなら我慢して苦言を聞いてくれた相手もしつこく攻撃を続けると、プチッと堪忍袋の緒が切れることがある。

特に社会的に成功したビジネスマンは合理的に思考するので、一発だけなら耐えてもしつこくすると「この問題はバシッと根本解決した方が見せしめ効果も期待できるな」と思わせてしまう。そうなれば、訴訟リスクが浮上する。実際に一罰百戒でそうしているインフルエンサーもいる。

批判をストレス解消にしてはいけない。相手も自分と同じ、感情を持った人間であり、一定のリスペクトを払うことを忘れるべきではないのだ。

人生、誰からも嫌われていない人は誰一人いない。好感度が高い芸能人でも「あざとい」などと言われて一部から確実に嫌われる(殆どの場合、ただの嫉妬なわけだが)。だが、嫌われてもいいが恨まれてはいけない。多方面から恨みを買い続けて、それでも尚、一生何もなく生きていけるほど世の中は甘くないと思うのだ。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。