キリル1世のロシア正教会は「テロ組織」

イスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)やパレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激組織「ハマス」はテロ組織だが、それではロシアのプーチン大統領のウクライナ戦争を聖戦と呼び、プーチン氏の指導を無条件に支持するキリル1世が主導するロシア正教会モスクワ総主教庁はテログループかといえば、意見が分かれるところだろう。バルト3国の一国、エストニアのラウリ・レーネメッツ内相はモスクワに本拠を置くロシア正教会モスクワ総主教庁を「テロ組織」に指定したい考えを表明し、エストニアのロシア正教会の反発を受けるなど、物議を醸している。

エストニアのラウリ・レーネメッツ内相「ロシア正教会モスクワ総主教府はテロ組織」=エストニア公共放送(ERR)から

レーネメッツ内相は「ロシア正教会モスクワ総主教庁の言動を見ると、イスラム過激派テロ組織と同様にテロ組織と認定せざるを得ない。他の選択肢がない」とエストニア公共放送(ERR)で述べている。同内相は、バルト3国の正教会コミュニティーについて言及し、「これはコミュニティーに影響を与えず、教会が閉鎖されることを意味するものではないが、モスクワとの関係が断たれることを意味する」と明確に述べている。同内相によると、「モスクワ総主教庁は現在、基本的に世界のテロ活動を指揮しているプーチン大統領に従属していることを理解する必要がある」というのだ。

ちなみに、ロシア正教会の最高指導者、モスクワ総主教のキリル1世は西側情報機関によると、KGB(ソ連国家保安委員会)出身者だ。キリル1世はロシアのプーチン大統領を支持し、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまで一貫して弁護し、「ウクライナに対するロシアの戦争は西洋の悪に対する善の形而上学的闘争だ」と強調してきた。ウクライナ戦争は「善」と「悪」の価値観の戦いだから、敗北は許されない。キリル1世はプーチン氏の主導のもと、西側社会の退廃文化を壊滅させなければならないと説明してきた。神の愛を説く聖職者が民間人や子供たちを殺害する戦争犯罪を繰り返すプーチン大統領のウクライナ戦争を全面的に支持するのは、キリル1世のアイデンティティーは聖職者ではなく、KGBだということを端的に証明しているわけだ。ロシア正教会は旧ソ連共産党政権時代から政権と癒着してきた。

欧州連合(EU)の欧州委員会ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は2022年5月4日、対ロシア制裁の第6弾目の内容を表明したが、その中で個人を対象とした制裁リストの中にロシア正教のモスクワ総主教キリル1世が入っていたことが明らかになって、大きな衝撃が広がった。

レーネメッツ氏によると、エストニアにはモスクワに直接影響を受けていないさまざまなコミュニティーがあるが、モスクワへの従属はエストニアの安全保障に脅威を与える。同氏によると、バルト3国にあるモスクワ総主教庁の管轄下のエストニア正教会には10万人を超える信者がいる。イスラム教のテロ組織は西側世界の価値観に対して聖戦を呼び掛けているが、ロシア正教会のキリル1世も同じように反西側スタンスを維持し、「堕落する西側世界を打倒しなければならない」と常に主張してきた。モスクワ正教会総主教庁はイスラム・テロリストと何ら変わらないというわけだ。

ERRの報道によると、モスクワ総主教庁下にあるエストニア正教会(MPEOC)の代表者は記者会見で、「MPEOCはモスクワ総主教庁に直接従属していない。ウクライナ戦争へのロシア正教会の発言にも同意していない」と強調する一方、「ロシア正教会から完全に離脱する意向はない」と述べている。

ロシア軍のウクライナ侵攻、それを支持するロシア正教会モスクワ総主教府に抗議して、ロシア正教会離れが進んでいる。キリスト教東方正教会のウクライナ正教会は2022年5月27日、ロシア正教会のモスクワ総主教キリル1世の戦争擁護の言動に抗議して、ロシア正教会の傘下から離脱した。

ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあった。同国にはウクライナ正教会と少数派の独立正教会があったが、ペトロ・ポロシェンコ前大統領(在任2014~19年)の強い支持もあって、2018年12月、ウクライナ正教会がロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。ウクライナにはモスクワ総主教のキリル1世を支持してきたウクライナ正教会(UOK)が存在してきたが、モスクワ総主教区から独立を表明したわけだ(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

UOKはモスクワ総主教区傘下から離脱した動機として、「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教キリル1世の下にいることはできない」と説明している。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。

プーチン大統領とモスクワ総主教キリル1世 クレムリンHPより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。