「激動の時代」を再び迎えた中東地域

イスラエルとイランの間で報復攻撃が繰り返されている。今回の直接の切っ掛けは、イスラエルが4月1日、シリアの首都ダマスカスのイラン大使館を爆撃し、イランが誇る「イラン革命防衛隊」(IRGC)の准将2人と隊員5人を殺害したことだ。イランは同月13日夜から14日にかけイスラエルに向けて無人機、巡ミサイル、弾頭ミサイルなど300発以上を発射させた。

親イラン派のレバノンの「ヒズボラ」がイスラエル兵士の拠点に発射したミサイル(2024年4月19日、イラン国営IRNA通信から)

イラン側は同報復攻撃を「イスラム共和国とイスラエル政権との最初の直接対決だった。これは歴史問題を考える上で非常に重要な点だ。占領地の奥深くへの効果的な攻撃は、1967年以来イスラム諸国の果たせなかった夢だったが、この地域の抵抗運動の発祥地による努力のおかげで、それが実現した。史上初めて、イラン航空機がこの聖地の上空でアル・アクサ・モスクの敵を攻撃した」と指摘し、イラン側のイスラエルへの報復攻撃の歴史的意義を説明している。

一方、イスラエルは19日、無人機やミサイルなどでイラン中部イスファハンを攻撃した。イスラエル側もイラン側も同報復攻撃については何も公式発表していない。興味深い点は、イランの13日の集中攻撃も、19日のイスラエル側の攻撃も相手側に大きな被害を与えないように抑制されていたことだ。その意味で、イランもイスラエルも今回の軍事衝突を契機に中東全域に戦争を拡散することは避けたいという暗黙の了解があったことが推測できるわけだ。

特に、イスラエル側の報復攻撃は小規模で余りにも抑制されていたことから、イスラエル指導部内でも失望の声が聞かれたが、同国の軍事情報に通じる専門家は「重要な点はイスラエル側が大都市イスファハンを報復対象の場所に選び、そこに無人機の攻撃を実施したことだ。同市には無人機製造所やウラン濃縮関連施設など核関連施設が近郊にある。すなわち、『イスラエルはいつでもイランの重要都市に大きなダメージを与えることが出来る』というメッセージをテヘラン側に伝えたわけだ」と受け取っている。イラン側がイスラエルの報復攻撃について国内で公式には報じていないのは、イスラエル側の軍の優位性にイラン軍関係者は改めてショックを受けたからではないか。

イスラエルは23日には「過越の祭」を迎える。イスラエル側がイランとの戦闘を抑えるか否かは不明だ。いずれにしても、パレスチナ自治区ガザでイスラム過激テロ組織「ハマス」との戦闘を抱えているネタニヤフ政権はガザ南部ラファへの地上攻撃をどうするか、ハマスとの休戦交渉、イランへの対応など重要な課題が山積している。

ところで、当コラム欄でも何度か書いたが、イスラエルとイランは常に宿敵関係だったわけではない。モハンマド・レザ・シャー・パフラヴィ(パーレビ国王)は1941年に即位すると、西側寄りの国創りに乗り出し、1948年に建国したイスラエルを同盟国と見なしていた。しかし、1979年の「イラン革命」後、フランスの亡命から帰国したホメイニ師がイスラム共和国を設立すると、イスラエルとの関係は険悪化していった。両国は過去、正面衝突することはなかったが、レバノンの親イラン寄りのヒズボラ(神の党)などがイスラエルと代理戦争を繰り返してきた。

イランのマフムード・アフマディネジャド元大統領は「イスラエルを地上の地図から抹殺してしまえ」と暴言を発し国際社会の反感を買ったことがあったし、ライシ現大統領は2月11日、首都テヘランのアザディ広場で開かれたイラン革命45周年の記念集会で、宿敵イスラエルのシオニスト政権の打倒を訴えた。イランの最高指導者、アリ・ハメネイ師は2009年、イスラエルを「危険で致命的ながん」と呼んでいる。

しかし、歴史をもう少し振り返ると、イスラエル(ユダヤ民族)はペルシャ民族(イラン)の助けを受けている。イスラエルではサウル、ダビデ、ソロモンの3王時代後、神の教えに従わなかったユダヤ民族は南北朝に分裂し、捕虜生活を余儀なくされた。北イスラエルはBC721年、アッシリア帝國の捕虜となり、南ユダ王国はバビロニアの王ネブカデネザルの捕虜となった。バビロニアがペルシャとの戦いに敗北した結果、ユダヤ民族はペルシャ王の支配下に落ちた。そのペルシャのクロス王はBC538年、ユダヤ民族を解放し、エルサレムに帰還することを助けた。そしてユダヤ民族はユダヤ教を確立していく。イラン革命が生じ、イランで聖職者支配政権が確立するまでは紆余曲折があったものの、ユダヤ民族とペルシャ民族は結構良好な関係を維持してきたのだ。

ここ数年、イスラエルはイスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアに接近する一方、イスラム教シーア派の代表、イランもサウジに接近するなど、これまで考えられなかった動きが中東地域で見られ出している。イランの13日のイスラエルへの無人機攻撃では、サウジやヨルダンなどアラブ諸国が無人機撃墜などで間接的にイスラエル側を助けている。

中東では現在、単に、ユダヤ教徒とイスラム教、スンニ派とシーア派といった宗派間争いだけではなく、アラブとイランの民族間の覇権争いといった側面も出てきている。それに経済的利害も絡んできて、状況は一層複雑であり、流動的だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。