フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、27日掲載されたメディアグループ「エブラ」とのインタビューの中で、欧州共通の防衛における核兵器の役割(核の抑止論)について議論を呼び掛けた。ロシア軍のウクライナ侵攻という事態が生じなかったならば、マクロン大統領とはいえ、公の場では提案できるテーマではなかっただろうが、ウクライナ戦争によって欧州の安保情勢は急変した。それを受けて、核兵器の役割について堂々と語ることができるようになったわけだ。
ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と主張し、「核兵器保有」の無用論を主張したが、マクロン大統領は今、「核兵器有用論」を展開しているのだ。冷戦時代終了直後のパウエル氏とは違い、第2の冷戦時代に突入したといわれる今日、核兵器の価値は再認識されてきたわけだ。
マクロン大統領はインタビューで、「ミサイル防衛、長距離ミサイル能力、そして米国の核兵器を保有する人々、あるいは国内に核兵器を保有する人々らと共に討論会を開きたい。全てをテーブルの上に置いて、私たちを本当に確実に守ってくれるものは何かを考えてみたい。フランスは欧州の防衛のために更に貢献する用意がある」と表明している。
欧州での独自の核の抑止論を主張しているのはマクロン大統領一人ではない。第60回ミュンヘン安全保障会議(MSC)の開催(2月16日~18日)に先駆け、ドイツのジグマ―ル・ガブリエル元外相は独週刊誌シュテルンに寄稿し、「欧州には信頼できる核の抑止力が不可欠だ」と語っている。同氏は、「このテーマを考えなければならない時が来るとは思ってもいなかったが、欧州の抑止力を高めるためには欧州連合(EU)における核能力の拡大が必要な時を迎えている。米国の保護はもうすぐ終わりを告げる。欧州の安全の代案について今すぐ議論を始めなければならない。私たちがこの質問に答えなければ、他の国が答えてしまうだろう」と指摘し、欧州の自主的な核抑止力の強化を強調している。
同氏は「欧州の安全保障を強化するにはドイツとフランス、理想的にはイギリスと協力した大規模な戦略的攻撃力を構築することだ。例えば、トランプ氏が再びホワイトハウスの住人となった場合、米政権がウクライナへの支援を拒否した時、欧州はどのようにしてウクライナを支援するかについて明確にする必要がある。ドイツを含め、欧州はそのような脅威についてまだ真剣に認識していないのではないかと懸念する」と述べている。ガブリエル氏の論調はマクロン大統領とほぼ同じだが、マクロン氏の場合、欧州の防衛はあくまでもフランス主導、といったニュアンスが払拭できない。
欧州では英国のEU離脱(ブレグジット)以来、フランスが唯一、核保有国だ。もちろん、北大西洋条約機構(NATO)加盟国には米国の核兵器がイタリア、ベルギー、オランダ、ドイツのラインラント・プファルツ州のビューヒェルに保管されている。すなわち、欧州は米国の核の傘下にあるわけだ。
ところで、マクロン大統領は今月25日、パリのソルボンヌ大学での講演の中で欧州防衛の強化を訴えたばかりだ。同大統領は大統領選出直後の2017年9月にもソルボンヌ大学で共通の防衛軍を持つ自立したEU像を描いている。2回目のソルボンヌ大学での演説はその意味で同じ路線だが、トーンは異なっていた。オーストリア国営放送(ORF)のプリモシュ・パリ特派員は「マクロン氏の7年前の演説は決して楽観的ではないにしても、まだ情熱的で明るさがあったが、2回目のソルボンヌ大学での演説では、悲観的なトーンがあった」と解説していた。
実際、マクロン大統領は演説の最後に、「現代の世界で楽観的になることは難しい。ヨーロッパ人は将来の危険な進展を予測し、対処するために、明確な思考が重要だ」と述べている。7年前のようなエネルギッシュな情熱は失われ、説教者のような雰囲気がある。
マクロン氏が2017年に要求した共同防衛政策は、ロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、EUの最優先課題の一つとなってきた。同氏は「民主主義秩序の敵に対して、自分自身を主張できる唯一のチャンスは、共通の防衛を更に発展させることだ」と信じている。しかし同時に、右派ポピュリストが台頭し、主権国家を強調し、欧州の舵取りを奪おうとしている。マクロン氏は「ヨーロッパの夢が破れる可能性がでてきている。ヨーロッパは死ぬかもしれない」と警告を発している。
ウクライナ戦争ではNATOの地上軍のウクライナ派遣を提案し、武器問題でも米国製の武器ではなく、メイド・イン・ヨーロッパの武器が必要であり、そのために生産拠点を確立していかなければならない。すなわち、欧州の防衛産業の構築だ。ロシアとの直接な軍事衝突を恐れるドイツは「マクロン氏の提案はウクライナ戦争をエスカレートさせる危険な提案」と受け取っている。
ウクライナ支援問題でもEU27カ国は結束していない。ハンガリーやスロバキアは武器供与には反対だ。そのような現状で、欧州軍、地上軍の派遣、欧州独自の核抑止力といった論議はEU内の分裂を更に加速させる危険性が出てくるが、マクロン氏の欧州防衛論、核の抑止力強化は欧州が生き延びていくために避けて通れないテーマとなってきた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年4月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。