金正恩総書記をICCに引き渡しを

北朝鮮の最高指導者を人道に対する犯罪で国際刑事裁判所(本部オランダのハーグ=ICC)に引き渡すべきだという声は久しくあった。2009年、世界中の非政府機関(NGO)が人権犯罪で金正日総書記(当時)をICCに引き渡そうと試み、2014年には、北朝鮮に関する国連調査委員会が報告書を公表し、安全保障理事会に問題をICCに付託するよう勧告した。北朝鮮の人権特別報告者であるエリザベス・サーモン氏が昨年、2014年の国連人権理事会の勧告を再確認し、北朝鮮政府とその指導者をICCで起訴するよう求めている、といった具合だ。今、金正恩氏のICC引き渡し問題が浮上してきたのだ。

北で女性への性暴力が蔓延している実態を記した国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」報告書

金正恩氏のICC引き渡しの動きが活発化してきたのは、金正恩氏の犯罪がここにきて増えたからというより、ロシアのプーチン大統領が2023年3月、ウクライナ占領地の子供を拉致するなど人道的犯罪を問われ、ICCに逮捕状が発表されたこともあって、「プーチン氏に逮捕状が発布されたのならば、金正恩氏をICCに引き渡せないことはない」という動きが高まってきたのだ。

金正恩氏をICCに引き渡すためには、国連安全保障理事会によるICCへの付託が最善の道だが、国連安保理には拒否権を有する中国とロシアがいるから、実現することは難しい。だから、プーチン氏と同様、状況が十分に深刻であると証明されれば、ICC内で検察の裁量が発動される可能性があり得る。具体例は、2023年3月のICCによるウクライナ占領地からの子供の不法な移送に対するプーチン大統領への逮捕令状だ。

ちなみに、北朝鮮の人権問題を国連の舞台で議論しても、実効力のある決定は期待できない。北朝鮮の同盟国ロシアと中国が安保理事国である限り、実効力のる決議案が採択されることがないからだ。3月28日、北朝鮮に対する制裁決議の実施を監視する国連安全保障理事会専門家パネルの任期延長に関する決議案が、安保理理事国の過半数の支持にもかかわらず、ロシアの拒否権によって否決された。北朝鮮はロシアを味方につけている限り、国連安保理での対北決議案を恐れる必要がなくなってきたわけだ。

それでは金正恩氏の罪状といえば、数十万人の政治犯の収容、海外派遣労働者の搾取、不法麻薬取引、「信教の自由」の蹂躙から、女性の権利蹂躙、日本人や韓国人の拉致まで幅広い。最近、「ロシアで働く北朝鮮労働者の実態」(2024年2月29日参考)で一日15時間余り働かされ、手取りは1割といった労働条件で働く北の労働者の事を紹介したばかりだが、国際労働機関(ILO)が知ったらびっくりするだろう。北の海外派遣労働者は現代版の奴隷といわれてきたのだ。

参考までに、韓国に亡命した元外交官の高英煥(コ・ヨンファン)氏によると、中国の吉林省にいる数千人の北朝鮮労働者が、未払いの給与に抗議して1月に一連のストライキと暴動を起こしたというのだ。

ところで、少しデータが古いが、韓国統計庁の「2015年北朝鮮主要統計指標」によると、韓国の平均寿命は男性が78.2歳、女性が85.0歳、北朝鮮は男性が66.0歳、女性が72.7歳で、南北の差は男性が12.2歳、女性が12.3歳だったという。南北間に驚くべき寿命の格差が存在するのだ。

朝鮮半島が南北に分断されなかったならば、北の男性寿命も韓国のそれと大きくは違わなかっただろう。それが南北分断後、国民寿命に大きな格差が生じたという事実は、乳児の死亡率、国民の食糧事情などの結果だが、その直接の責任は金日成、金正日、金正恩氏の3代にわたり世襲独裁政権を続けた金王朝にあることは疑いない。北の金王朝は国民の寿命を奪ったのだ。これほど大きな犯罪があるだろうか。それも過去形ではなく、北朝鮮で今も進行している犯罪だ(「北の金王朝は国民の寿命を奪った」2015年12月22日参考)。

世界のキリスト信者の迫害状況を発信してきた非政府機関、国際宣教団体「オープン・ドアーズ」が公表するキリスト教弾圧インデックスでは、北は2002年以来、最悪の「宗教弾圧国」だ。聖書を持っているだけで拘束され、悪くすれば収容所に送られ、強制労働を強いられる。収容所に拘留されているキリスト者の数は5万人から7万人と推定されている。

脱北者のキリスト者、金ヨンソク(Kim Yong Sook)さんは「自分が幼い時、父親が座って首を垂れている姿をよく目撃した。歳をとれば皆あんな風になるのかと思っていたが、実際は父親は祈っていたのだ。北では祈ることは許されないから、祈っていることが分からないように祈らなければならないことを知った」と証をしていた(「北のクリスチャンの『祈り方』」2015年9月21日参考)。

北朝鮮は2023年だけでも47発のミサイルを発射し、軍事偵察衛星を打ち上げるなど朝鮮半島の危機をエスカレートさせてきた。金正恩総書記は韓国の繋がりを完全に遮断し、ロシア、イランといった独裁国家と軍事協力を拡大している。金正恩氏のICC引き渡しは、考えられる最良の危機管理の手段となってきた。

中・長距離ミサイル「火星砲16ナ」型の試射に立ち会う金正恩書記 北朝鮮HPより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。