アメリカにとっての中国の脅威とは(古森 義久)

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顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久

アメリカの中国への姿勢を知るには、まず連邦議会の動きを知ることが肝要である。バイデン政権の政策よりも連邦議会上下両院の動きのほうがアメリカ全体の傾向をより率直に示しているからだ。その連邦議会全体でも対中政策形成の中核に立つのは下院の中国特別委員会である。

この特別委員会は公式には「アメリカと中国共産党との戦略的競合特別委員会」という名称である。この名称はアメリカが警戒するのはあくまで中国共産党であり、中国の国民ではない、という意味をこめている。だが一般には長すぎる名称なので「中国特別委員会」と呼ばれる。

その特別委員会が2023年1月に発足した際、当時の下院議長のケビン・マッカーシー議員はその創設の意味について以下の声明を発表した。

「アメリカは中国共産党との冷戦に勝つためには中国の侵略に強固な政策で応じねばならない。その対応はアメリカ経済の強化、サプライ(供給)チェーンの再建、人権問題での発言、そして軍事力の増強などが中心となる。アメリカ国内での中国側の攪乱工作への対処も欠かせない。議会がこれら諸課題に取り組むには多様な委員会に関わるため、その統括を果たす特別な委員会が必要となった」

この委員会は発足以来、2024年5月までの1年4ヵ月、議会全体でも最も活発な動きをみせてきた。中国の動向で米側にとって注意すべき点があれば、すぐにそれを指摘して、アメリカ議会としての対応を考える。実際に米側が対応すべき中国の動向が明白ならば、議会での法案や決議案にして立法措置をとる。中国の動画投稿アプリのTikTokのアメリカ国内での使用を禁止する法案をアメリカ議会で成立させたのも、この中国特別委員会が先頭に立っての動きだった。

この特別委員会はマイク・ギャラガーという活力にあふれた若手議員が委員長だった。40歳と年齢は若くても、当選歴4回、海兵隊の軍務歴7年、国際関係の博士号保持という組み合わせで、中国側の無法無謀な行動の抑止に積極果敢に当たった。

ところがこのギャラガー議員がこの4月に議員を辞職した。家庭の事情が最大の理由とされたが、真相は不確実である。上院議員を目指すという情報もある。このため下院では共和党首脳陣の意向でこの中国特別委員会の委員長にジョン・ムーンレナー議員が任命された。

ムーンレナー議員はハーバード大学出身の実業家からミシガン州の州議会で活動し、2015年には下院議員に当選した。トランプ前大統領にも近い共和党の保守派である。中国特別委員会でもその発足以来の主要メンバーとしてギャラガー委員長と密接な共同作業を続けてきた。

このムーンレナー新委員長が4月末、中国特別委員会を代表する形で政策声明を発表した。この特別委員会が今後どのような基本政策で中国に対峙していくかの方針発表だった。アメリカ議会全体の中国政策を誘導し、牽引する同委員会の方針として注目すべきである。日本にも当然、影響が及ぶ。5項目からなるその政策方針とその説明は以下のようだった。

(1)台湾とアメリカの同盟諸国の安全を守る

私(ムーンレナー委員長)たちは2024年2月にも台湾を訪問し、台湾側首脳と会談したが、その際にも中国共産党の軍隊の野望に対する台湾防衛のための防衛産業の基盤の緊急強化が必要なことが明白となった。同時に経済措置だけで中国の台湾攻撃を抑止することはできない現実が認識された。

そのため台湾への米側の軍事支援を拡大し、武器供与の遅滞をなくすことが不可欠ともなる。またその背景としてアメリカの日本や韓国などアジア地域の同盟諸国の防衛責務も改めて重要となる。

(2)中国共産党がアメリカ社会に麻薬性鎮痛剤のフェンタニルを蔓延させることを阻む

中国は全世界に流通するフェンタニルの前駆体の97%を生産している。中国共産党はその麻薬性の危険を認知しながらフェンタニルの輸出に補助金を与え、アメリカ当局の取り締まりについて密輸業者に警告を与えることもある。

アメリカ国内では年間10万人もがフェンタニルの麻薬製品によって死亡しており、中国共産党政権はこの違法状態への共犯者だと言える。アメリカ側はこの違法な流通を可能にする中国企業、さらにその背後で活動する中国政府機関への取り締まりを強化する必要がある。

(3)中国共産党がグローバル経済の枢要部分を制覇することを防ぐ

中国共産党政権は他の諸国を屈服させるために世界経済市場の枢要分野での供給チェーンを制覇し、独占しようとしている。不運なことに、すでに多数の諸国が自国に致命的な重要性を持つ物資や製品の供給を中国に依存している。例えば、電気自動車(EV)や希少金属である。

中国は全世界で使われる電気自動車用のリチウム電池の60%を生産している。アメリカはそれに対して自国の生産能力を増すことよりも、結果として中国側企業の生産能力を増すことを奨励している。その中国企業の一例の電気自動車用の電池を製造する「寧徳時代新能源科技」(CATL)は中国政府から巨額の補助金を得て、社内に共産党細胞多数を有し、アメリカ国内でも販売を伸ばしているが、米側はその規制策はとっていない。

(4)アメリカ国内での中国共産党の悪意ある影響工作を防ぐ

中国共産党はアメリカ国内の多数の地域社会への影響工作を試みており、その標的には私(ムーンレナー委員長)自身のミシガン州の選挙区も含まれる。同選挙区内に中国の大手電池製造企業の「国軒高科」のアメリカ子会社Gotionが電池部品製造工場を建設しようとしている。

中国共産党が完全に支配する企業の工場をアメリカ国内に建設することに対してトランプ前政権のペンス前副大統領らは議会証言で反対を表明した。中国企業への依存の増大だけでなく、中国側はこの種の拠点を米側一般国民への政治工作にも利用するという理由からの反対だった。現に中国当局はアメリカ国内に独自の警察機構を開設し、対米政治工作を進めている。

(5)中国共産党の政治宣伝に対抗する

中国共産党はアメリカの政治家、実業家、そして若者に影響を及ぼそうとしている。例えば、TikTokとそのアルゴリズムにより最近では米側の数百万人もの若者の認識を操ってきた。昨年はTikTokは多数のアメリカ人に対してハマスの正当性を説き、ウサマ・ビンラーディンを賞賛し、TikTokの規制に反対する意向を地元選出の連邦議員たちに伝えることを訴えていた。

この種の行動はアメリカの国益を侵害し、建国の精神たる自由民主主義に違反する。この中国特別委員会は私のリーダーシップの下でアメリカとその同盟諸国に対する中国共産党の軍事的、経済的、政治的な侵略と戦い、勝利をおさめることを誓う。アメリカはこの中国との競合に勝たねばならないのだ。

以上の5項目をムーンレナー新委員長は当面の基本戦略として強調するのだった。その中にはアメリカの同盟諸国、つまり日本などの防衛増強も含まれる点は当然とは言え、注視しておいてよいだろう。

古森 義久(Komori  Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年5月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。