23年度のふるさと納税は、昨年度の過去最高額を更新し、1兆円を超える公算が大きくなってきた。
その市場拡大を見越して参入するのが、アマゾンである。
「アマゾンが『税』で利益を得る?」
不快に感じる方も多いのでは。同社は「税を納めない企業」という印象が強いからだ。
アマゾンの前歴
「アマゾンは日本で税金を払っていない」
この認識が広まったのは35年前。2009年、東京国税局が、アマゾンに対し約140億円の追徴課税処分を行って以降のことだ。
当時のアマゾンは、日本国内の収益の大半を米国で計上し、日本で計上するのは、米国本社が日本法人に支払う、わずかな「業務委託手数料」だけだった。日本に収める税金を大幅に減らせるからだ。
国に、税を徴収されるかどうかは、支店など恒久的施設(PE:Permanent Establishment )の有無により判断される。
「日本にある施設は『倉庫』であり、恒久的施設ではない。業務委託しているだけなので、日本に納税する必要はない」
というのがアマゾンの主張だ。
一方、東京国税局は、日本のアマゾン施設内に米国のハイテク機器が持ち込まれていること、米国本社から指示を受けていること、委託外の米国業務も行っていること、などから
「日本にある施設は『倉庫』ではなく、支店機能を持つ恒久的施設である」
と主張した。論争は、日米の二国間協議にもつれ込み、最終的に東京国税局の大幅な「譲歩」で決着したと言われる(※)。
※ この決着をうけ、アマゾンは、2010年の「年次報告書(ANNUAL REPORT)」で株主らに「(日本での)税金の支払額は、大きな影響を与えるものではなかった」と報告している。
アマゾンは、2019年以降、日本の売上を日本で計上する仕組みに変更している。日本法人に本部機能がない「業務委託」方式では、医薬品・医療機器販売などに参入できず、デメリットの方が大きくなったからだ。
アマゾンが、租税回避に熱心だったのは日本だけではない。
ヨーロッパでは、ルクセンブルク・アイルランドなどタックスヘイブンを活用した法人税回避。アメリカでは、収益のない子会社を活用した売上税(日本でいう消費税)回避。ある州では、施設開設時に、雇用確保と経済活性化を代償に、売上税徴収の「不干渉」を勝ち取ったという。
いまだ、アマゾン含むグローバルIT企業は「節税」にいそしんでいる。
欧州委員会の調査によると、従来型企業の法人税支払い率(法人税/売上)は「23.2%」。対して、グローバルIT企業は「9.5%」と半分以下だ(※1)。対策としてOECDが進める「デジタル課税」も署名が延期され、雲行きが怪しくなっている。不平等な状況は、当面続くだろう。
今回のアマゾンのふるさと納税参入を、皮肉を込めて言えば、
「租税回避に力を注いできたグローバル企業が、『日本の住民税』から収益を得る」
ということになる。アマゾンは、どうやって日本の自治体に食い込もうとしているのだろうか?
「値下げ」である。
10%から3.8%へ
アマゾンは、ふるさと納税のコストの一つ「手数料」を値下げし、自治体に攻勢をかけている。
ふるさと納税は、税収が増えるわけではない。それどころか、国全体としての税収は減ってしまう。返礼品や返礼品の「広告」などのコストが発生するからだ。2022年度の減少額は約4500億円。ふるさと納税額の「半分弱」が減少している。
「半分弱」の内訳は、返礼品そのものが約30%。返礼品の発送などが約10%、そして、ふるさと納税サイトの手数料(掲載・広告)が「約10%」となっている。
アマゾンが目をつけたのはこの手数料「10%」だ。
アマゾンは、初期手数料を250万円支払えば、手数料が「3.8%」になるプランを打ち出した。損益分岐点は、およそ4000万円。規模の大きい自治体ほど有利になる。既に複数の自治体にアプローチをしており、NHK(三重)の取材によれば、三重県のおよそ3分の2の市町がアマゾンの接触をうけ、一部は利用する意向だという。
消費者も、アマゾンのふるさと納税参入を、
「ポイントが付くかも?」
「楽天ふるさと納税から乗り換える」
「返礼品が探しやすくなるので嬉しい」
などと歓迎する向きが多い。
アマゾンのEC事業におけるシェアはおよそ30%(21年時点 ※2)。ふるさと納税で同シェアを獲得すれば、3000億円の収益をアマゾンが得ることになる。既存のふるさと納税仲介事業者への影響は甚大だ。
競合は冬の時代へ
アマゾンのふるさと納税参入が報道された3月11日、競合事業者の株価は急落している。
「ふるさとチョイス」運営のトラストバンクを傘下に持つチェンジホールディングスは16.4%、「ふるなび」を運営するアイモバイルは11.0%の下落となった。
アマゾン参入による「ふるさと納税市場拡大」よりも、既存事業者の「シェア縮小」を嫌気した結果ともいえる。この先、ふるさと納税市場の業界地図は、大きく書き換えられることになるだろう。
寄付の汚染
アマゾン参入の影響は、ふるさと納税市場の拡大だけではない。市場拡大に伴い、「寄付」行為そのものを変質させていく。
ふるさと納税は税制度ではなく、「寄付」制度を転用したものだからだ。
ふるさと納税が、(主に)控除対象とする住民税は、「地域社会の会費」である。住む地域の行政サービスを享受した住民が、経費負担として、その地域に税金を納める。この「受益と負担の関係」が住民税の原則となる。納税する地域を自由に選べるふるさと納税は、この原則と相容れない。
そこで、政府が採用したのは「寄付」という方便だった。
「『寄付金』税制を応用する方式をとることとすれば(中略)問題点はクリアされると考えられる」
ふるさと納税研究会報告書 平成19年10月
結果、無償の供与であるはずの「寄付」に、返礼品という「見返り」が求められるようになった。厳しく言えば、寄付行為が歪められ、汚染されたのだ。
政府もこれを予見しなかったわけではない。総務省が、ふるさと納税検討時から連呼していたのが「良識」という言葉だ。平成19年の「ふるさと納税研究会報告書」の、
「各地方団体の『良識ある行動』を強く期待するものである」 ふるさと納税研究会報告書 平成19年10月
にはじまり、以降、各文書で――事あるごとに――「良識ある対応」を記述している。平成30年(総税市第37号)の通知に至っては、わずか1130字の文中に、「良識ある対応」が4回も出現する。
ここまで連呼したのは、「地方団体が寄付者に対して特産品などを贈与すること(ふるさと納税研究会報告書)」、つまり“過剰な返礼品”を懸念したからだ。残念ながら、「良識『ない』対応」がふるさと納税を席巻し、いまや「返礼品」で花盛りとなっている。
「ふるさとへの恩返し」から「お得な返礼品探し」へ。「寄付」という尊い行為を経済行為へ変質させたふるさと納税の罪は、決して軽くはない。強力な外資の参入により、その市場はますます拡大していく。今こそ、見直す時ではないだろうか。
【注釈】
※1
COMMUNICATION FROM THE COMMISSION TO THE EUROPEAN PARLIAMENT AND THE COUNCIL|EUROPEAN COMMISSION
※2
ジェトロ(日本貿易振興機構)主要国のEC市場における動向(eMarketer)
【参考】
ふるさと納税に「アマゾン」参入か|FNNプライムオンライン
『脱税の世界史』大村大次郎著/株式会社宝島社
『 ジェフ・ベゾス果てなき野望』 ブラッド・ストーン著/日経BP社
デジタル課税2025年発効 1年先送り OECDが条約取りまとめ
ふるさと納税 県内約3分の2の市町にアマゾンジャパンが接触|NHK 三重県のニュース
『週刊東洋経済24年05月11日号』