中国国内には北朝鮮から脱北した人々が安全な地への亡命のために潜伏しているが、中国当局は脱北者を摘発すると北朝鮮に強制送還している。韓国統一省の具炳杉報道官は昨年10月、「韓国政府は、いかなる状況においても、在外北朝鮮人を本人の意思に反して強制送還してはならないという立場を取っている。意思に反する強制送還は、国際規範のノン・ルフールマン原則に反する」と述べ、中国政府の違法な強制送還に対し、遺憾の意を表明している。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の難民条約によれば、「締結国は迫害の危険がある国へ難民を送還してはならない」というノン・ルフ―ルマン原則(ルフ―ルマンは仏語で送還を意味)がある。このノン・ルフ―ルマンは難民保護の土台だ。ノン・ルフールマン原則は、難民申請者にも適応される。難民申請者(庇護希望者)は難民認知の不可が明確になるまで送還されてはならない。
UNHCRの難民の地位に関する1951年の条約、難民条約33条(1)によると、「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であることまたは政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない」と明記している。
ちなみに、ノン・ルフールマン原則が適応できない例外もある。難民の滞在国の安全に非常に深刻な危険が伴う場合と殺人、強姦、武装強盗など特に重大な犯罪について有罪が確定している場合だ。ただし、そのような例外であっても「適正な手続きがなされる必要があり、送還により拷問などの相当な危険につながる状況があってはならない」と記述されている。
それに対し、中国政府は「中国には脱北者と呼ばれる人間は存在しない。北からの大多数の入国者は経済難民だ」として、難民条約33条(1)には該当しないと弁明している。すなわち、中国から強制送還された脱北者には帰国しても命の危険や迫害はないというわけだ。
中国共産党政権は北朝鮮が金正恩総書記下の独裁国家であることを知らないはずがない。北朝鮮を「地上の天国」と考えていることはないだろう。中国は北朝鮮当局との合意に基づき脱北者を送還しているだけだ。実際、人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)」は「脱北者の多くは女性で、送還後に投獄されたり、性暴力を受けたり、殺される可能性がある」と指摘している。
国連の北朝鮮の人権特別報告者であるエリザベス・サーモン氏は昨年、2014年の国連人権理事会の勧告を再確認し、北朝鮮政府とその指導者を人権犯罪で国際刑事裁判所(ICC)に引き渡すべきだと主張している。金正恩氏の罪状といえば、数十万人の政治犯の収容、海外派遣労働者の搾取、不法麻薬取引、「信教の自由」の蹂躙、女性の権利はく奪など多方面に及ぶ。北朝鮮は国自体が大きな刑務所だといわれているほどだ。その国から脱出して自由を求める北朝鮮国民が増えてきているのだ(「金正恩総書記をICCに引き渡しを」2024年5月5日参考)。
中国当局から北朝鮮に強制送還された脱北者の数は不明だが、BBCは昨年10月14日、「中国の情報筋は、夜に数百人がトラックに乗せられ、収容施設から北朝鮮に送られたと報じた」と報告している。また、HRWは、「北朝鮮が昨年8月に国境を解放して以降、脱北者の強制送還への懸念が高まっている。2021年7月以来、170人近くが強制送還されたことが確認されている」という。また、「強制送還された人々が、強制労働キャンプに収容される深刻な危険性がある。拷問や処刑の可能性もある」と述べている。
当方は2015年8月14日、中国・上海経由で2008年、韓国に亡命した脱北者の朴正玉女史(Jongok Park)とインタビューする機会があった。同女史は現在、韓国の「北朝鮮のための正義」(JFNK)という非政府機関(NGO)に所属し、北朝鮮の人権弾圧などを訴える活動を行っている。朴正玉女史は1954年、北朝鮮・咸興市生まれ。当時の亡命動機について、「1999年はわが国は飢餓カタストロフィーの状況下にあった。路上には多数の死体が転がっていた。彼らは飢えで亡くなったのだ。夫は既に亡くなっていたので、飢餓から逃れるため一人娘を連れて中国の親戚を頼って亡命した」という。中国での生活は「いつ中国の治安部隊に摘発され、北側に送還されるかといった恐怖から解放されることがなかった」という。しかし、2002年、中国治安部員によって発見され、北に即強制送還された。北では治安関係者から激しい拷問を受けた。長時間、同じ姿勢で立つように強いられるなど、拷問を受けたという(「中国は脱北者の強制送還中止せよ」2015年8月16日参考)。
朴正玉女史の話は9年前のことだ。中国政府は今年に入っても脱北者を強制送還し続けている。どれほどの多くの脱北者が犠牲となったかを中国政府は考えるべきだ。国際法上の「ノン・ルフ―ルマン原則」の堅持は締結国の義務だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。