党筆頭候補者の不祥事とメディア報道

選挙戦は候補者の過去を浄化する機会ともなるものだ。欧州では6月に入れば、欧州議会選挙が実施されるが、党から擁立された党筆頭候補者がメディアに過去の不祥事を暴露され、窮地に陥るケースが出てきているのだ。以下、身近な2例だ。

オーストリア「緑の党」の欧州議会選の党筆頭候補者レナ・シリング女史Wikipediaより

オーストリアの与党「緑の党」の筆頭候補者に23歳の環境保護活動家、レナ・シリング女史が擁立されたが、メディアはその23歳の女性候補者の過去を連日暴露し、同候補者が過去、知人に「緑の党が最も嫌い」と漏らしていたことがチャットで明らかになったばかりだ。

「緑の党」を憎悪する女性が「緑の党」の欧州議会選挙の党筆頭候補者になったことが判明したのだ。党幹部は慌てた。23歳の女性を今更候補リストから削除することは出来ない。党指導部の苦悩を知ったシリング女史は突然、「緑の党」に正式に入り、有権者に向かって「私は晴れて緑の党員となりました」という記者会見を開いたのだ。彼女の危機管理だった。

党筆頭候補者に擁立された時は、シリング女史は環境保護活動家に過ぎなかった。党員でもない若い活動家を抜擢し、欧州議会選の党筆頭候補に擁立した党指導部は有権者の浮動票獲得を狙った戦略だったはずだ。ただ、彼女は政治キャリアはない。口が軽く、党指導部のスキャンダルまで友人にチャットで漏らしていたのだ。メディアでスキャンダルを暴露された党幹部はビックリしただろう。若い女性を党筆頭候補者に選出した党指導部に党内で批判の声も飛び出してきた。

隣国のドイツでは極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)のマクシミリアン・クラー議員(47)が党の筆頭候補者に擁立されているが、同議員が過去、ロシアや中国へさまざまな情報を流していた疑いがこれまでも報じられてきた。それだけではない、過去、「ナチス親衛隊(SS)は全て悪いということはない」という発言を会合で話していたことが明らかになった。欧州議会では「AfDとの連携はもはやできない」といった声が出てきたのだ。

「ナチス親衛隊は全て悪かったのではない」と主張、国とか民族の連帯罪を否定し、個々の人間の責任を強調したのはクラー議員だけではない。オーストリアの極右「自由党」のキックル党首も昔同じ話をしていたが、問題視されなかった。クラー議員は現在、AfD筆頭候補者だ。他の政党はAfD叩きに躍起となっている。

AfDは移民・難民問題で徹底した外国人排斥、移民・難民反対で有権者の支持を得て、世論調査では野党第1党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)に次いで第2の支持率を挙げてきたが、6月の欧州議会選を控え、ロシア寄りが指摘され、支持率を落としてきた。そこにクラー議員のスタッフが中国のスパイだった疑いが発覚して、国民のAfDを見る目が厳しくなってきている(「ドイツで中国のスパイ活動が発覚」2024年4月25日参考)。

皮肉にも、選挙戦が候補者の不祥事を有権者に暴露する機会となったわけだ。選挙戦がなければ、メディアから過去の不祥事(浮気問題からハニートラップまで)をバッシングされることはないだろう。選挙に出馬した故に、メディアのバッシングの餌にされ、家庭が崩壊したというケースまで起きている。メディアから過去の不祥事が暴露されることを嫌って、立候補を避ける候補者が増えてきたため、候補者探しが難しくなってきた。

選挙は民主主義の核だ。自由で公平な選挙は議会政治の土台だが、現実の選挙戦は政策論議というより、候補者の粗探し、それに発破をかけるのが第4権力を誇示するメディア、といった流れが主流となり、ここにきてその傾向は加速してきた感じがする。時代を先読みした政策を立案できる候補者が出てこなくなった。メディアは本来、民主主義、自由で公平な選挙を促進するうえで重要な役割があるが、実際は候補者の欠点探しに腐心するあまり、政治の魅力を大きく剃っているのだ。

2024年は「史上最大の選挙イヤー」(英誌エコノミスト)ということもあって、民主主義(Democracy)について論じる記事が目立つが、最近「Emocracy」という言葉がメディアで登場してきた。エモーションに民主主義を付けた造語だ。現在の政治の世界ではこのエモクラシ―が猛威を振るっている。それに大きな役割を果たしているのはここでもメディアだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。