「欧州を再び偉大に」(Make Europe Great Again)と叫んでいるのは、欧州軍の創設や欧州独自の核抑止力を主張するフランスのマクロン大統領ではない。ハンガリーのオルバン首相だ。同首相がトランプ前米大統領の信奉者であることはよく知られている。オルバン氏は今年3月にフロリダ州のトランプ氏の私邸で同氏と会談している。オルバン氏はトランプ氏を「平和の大統領」と称賛し、トランプ氏はオルバン氏を「最高の指導者」と賞賛するなど、意気投合している。そのオルバン首相のハンガリーが今年下半期の欧州連合(EU)の議長国に就任するが、オルバン氏はトランプ氏のモットー「米国を再び偉大に」に倣って、「欧州を再び偉大に」というスローガンをEU下半期のスローガンにすることを決めた。
民主主義、法治主義の欠如でEUの本部ブリュッセルから何度もイエロー・カードを付けつけられてきたオルバン首相はEUの異端児であることは自他共に認めている。そのハンガリーが今年上半期のEU議長国ベルギーからタスキを受け取り、下半期EU議長国に就任することに対しては、EU加盟国内で強い抵抗がある。例えば、EUの外交政策ではロシア軍の侵攻を受けて戦うウクライナへの継続的支援が大きな課題だが、ハンガリーはウクライナへの武器供与など軍事的支援を拒否し、対ロシア制裁にも同調していない。そのハンガリーが議長国となれば、EUのウクライナ支援が停滞するのではないかと当然懸念されるわけだ。
オルバン首相の「ハンガリーファースト」路線は西側では‘オルバン主義’と呼ばれてきた。ポーランドで昨年10月、8年間政権にあった右派与党「法と正義」(PiS)政権が選挙で過半数を失い、野党第1党の中道リベラル政党「市民プラットフォーム」(PO)が昨年12月、野党連合の政権を樹立させたことで、オルバン首相は反EU同盟のパートナーを失ったが、スロバキアのフィツォ政権が昨年10月、「スロバキアファースト」を掲げて政権を発足させたばかりだ。オルバン主義に共感するEU加盟国は少なくないのだ。
オルバン首相の場合、トランプ前大統領ファンであるだけでない。ウクライナに軍侵攻するロシアのプーチン大統領とも友好関係を維持しているEU内で唯一の政府首脳だ。オルバン首相は親ロシア政策と批判される度に、「私はハンガリー国民の首相だ。ハンガリーの国益のためにロシアとの関係を維持しているのだ」と説明してきた。具体的には、ロシアの安価な原油、天然ガスの輸入はハンガリー経済にとっては欠かせられないため、EUの対ロシア制裁を支持できないのだ。
トランプ氏の「米国を再び偉大に」でもそうだが、「欧州を再び偉大に」というスローガンが具体的に何を目標に、どのように実現しようとしているのか、等々については明らかではない。単なるスローガンか、それともオルバン主義に基づいた独自の「欧州ファースト政策」かは現時点では不明だ。
ハンガリーは議長国の期間、EU加盟国の意見調整という重要な役割がある。だがハンガリー自体がEU内で「妨害者」、「阻止者」、「プーチンの信頼者」と呼ばれてきた。そのハンガリーが7月から定期的にEU理事会の議長国を務めるのだ。それ故ブダペストは議長国の立場を利用して、EUの業務をこれまで以上に妨害するのではないかといった懸念の声が聞かれるわけだ。
オルバン政権は議長国期間中、単独で立法を強行はしないが、議題設定を通じてロシアへの制裁を遅延させることが可能だ。ちなみにEUの共同外交政策においては、ハンガリーはいつでも拒否権を行使できる。
ところで、ハンガリーのEU議長国就任の日が近づいてきたが、オルバン政権で少し変化が見られる。オルバン首相は18日、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長の後任としてオランダのルッテ首相を支持する意向を表明した。米英仏独は既にルッテ支持を表明してきたが、ハンガリーが拒否権を行使するのではないかと受け取られてきた。オルバン首相は7月初めにワシントンで開催されるNATO首脳会談前にルッテ支持を表明することで、自国への批判の風を少しは柔らげたい、という願いがあるのかもしれない。
欧州議会選で与党連立政権のハンガリー市民同盟(フィデス)/キリスト教民主国民党(KDNP)に次いでマジャール・ペーテル氏率いる保守新党「TISZA:尊重と自由(ティサ)」が得票率約30%を獲得した。同党はブリュッセル内の中道右派会派「欧州人民党」に所属するという。オルバン政権は欧州内でこれ以上孤立化することが次第に重荷になってきた。
オルバン首相がEU下半期議長国の就任を契機に、反ブリュッセル、反難民を旗印にEU懐疑的立場を掲げてきたこれまでの路線から、他の加盟国との妥協を模索する柔軟路線にチェンジするか、EUの全ての主要議題をブロックするか、オルバン首相の政治決断が注目される。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。