ロシア人旅行者を失望させた「北観光」

ロシアのプーチン大統領は19日、24年ぶりに訪朝し、金正恩総書記と10時間に及ぶ集中会談を行い、全23条から成る「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結したばかりだ。「露朝新条約」の第12条には「両国は、農業、教育、健康、体育、文化、観光などの分野での交流および協力を強化し・・・」と記述されている。ここで指摘したいのは「観光」分野の交流だ。

北朝鮮唯一の正教会である平壌の「聖三位一体聖堂」を訪問したロシアのプーチン大統領(2024年6月19日、クレムリン公式サイトから)

ただし、両国間の「観光」の交流促進といっても北朝鮮国民のロシア観光の促進を対象としたものではなく、ロシア観光客の北観光の促進だ。3食すら十分に取れない北朝鮮国民がロシア観光を享受する、ということはもともと考えられない。第12条の「観光」交流の促進とは、ロシア国民の北観光の奨励を意味するのであって、現時点ではそれ以外の意味はない。

ドイツ民間ニュース専門局ntvが報じていたが、ウインターシーズンにはロシアから多くのスキー客が北朝鮮を訪問したという。ロシア軍のウクライナ侵攻の結果、オリガルヒ(新興財閥)だけではなく、一般のロシア国民も外国旅行が難しくなってきた。西側諸国のビザ発給の制限もあって、西側に自由に旅行できなくなった。そこで未開地の北朝鮮観光が脚光を浴びてきたわけだ。それもクレムリン直々の推薦付きだ。クレムリンにとっては、外国旅行が制限されて不満が溜まっている国民に未開地の北朝鮮旅行を推薦することで一種のガス抜きの効果が期待できるわけだ。

コロナの感染前、そしてロシア軍のウクライナ侵攻前、金持ちのロシア人は毎年欧州諸国に殺到、冬はインスブルックなどのスキーゲレンデに集まった。それがロシア人旅行者が消え、ロシア人旅行者で潤っていた観光地は、閑古鳥が鳴いている。しかし、資金に余力のあるロシア人は海外に旅行したいという欲求を抑えることができない。

北朝鮮には金正恩氏が誇る馬息嶺(Masikryong)スキー場がある。平壌から東へ175km、元山市に近いところにある。2014年1月にオープンしたばかりだ。11本のコースが造成され、ゲレンデの下には、プール、カラオケバーなどが完備された高級ホテルがある。平壌国際空港の近代化とともに、海外から旅行者を誘ったが、新型コロナウイルスの感染拡大、国境閉鎖で観光プロジェクトは閉鎖状況だった。

北朝鮮側としては、ポスト・コロナ時代に入り、ロシアや中国の大国から多くの旅行者が北に殺到するだろうという期待がある。金正恩総書記の目には、受け入れ態勢は漫然だ。あとは如何に中国とロシアから多くの旅行者を呼ぶかだ。

問題は、未踏の観光地の北朝鮮を訪問した旅行者が満足しているのか、機会があれば再び訪問したいと感じたかだ。残念ながら、多くの旅行者は「すごく良かった」とか「ぜひ機会があればもう一度来たい」といったものはなく、ロシアからの旅行者の場合、「共産党政権時代の統制された社会の悪夢が蘇った」といった類が多いのだ。

独週刊誌シュピーゲルは最新号(6月22日号)でロシア人旅行者の北朝鮮観光の感想を掲載している。ウラジオストック出身の38歳のユリアさんの感想が掲載されていた。彼女は北朝鮮の首都平壌とスキーエリアの馬息嶺を訪問した。

「平壌の市内や路上には人の姿はなく、仕方がないので路上に走る車の台数を数え出した。近代的な建物と人並みの少ない街の風景のコントラストは際立っていた。ガイドマンが私たちをバーに誘ってくれたが、そこにはわれわれ旅行者以外は誰もいなかった。市内見物はソ連共産党時代を思い出させた。ガイドマンは旅行者の批判的な質問に答えず、常にぼやかし、北朝鮮が如何にいい国かを一生懸命に説明していた。スキー場に行って、自分たちの日帰りチケット代は通常の北国民の平均賃金の倍することを知った。一般の国民とは話できず、ガイドマンとだけ会話できた」

ユリアさんの感想は珍しくはない。北観光をした西側旅行者(グループ旅行)はほぼ同じような感想を漏らしている。建物だけ新しくなっているが北朝鮮社会が完全な統制下にある点では変わらない、というよりその統制化はパーフェクトな基準にまで達している。

ロシアのプーチン大統領は国際刑事裁判所(ICC)から戦争犯罪人として逮捕状が発布されているため、もはや自由に欧米社会に旅行はできない。可能な国はICC未加盟国か、北朝鮮や中国といった兄弟国しかなくなった。プーチン氏が大統領職を終え、退職し、年金者になれば、北朝鮮へ観光にでかけるかもしれない。そして多くの西側旅行者と同様、「もう二度と行きたくない」と呟くことになるのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。