米大統領選「もしトラ」から「もしバイ」に

今年11月の米大統領選挙を占う第1回大統領候補者TV討論会が27日夜(日本時間28日)、南部ジョージア州アトランタで行われた。当方は6時間の時差の関係で28日未明、CNN放送の中継を観た。81歳のジョー・バイデン現大統領と78歳のドナルド・トランプ前大統領間の直接討論は4年ぶりだ。両者は経済、人口妊娠中絶、不法移民問題、外交政策をめぐって論戦を交わした。

バイデン・トランプ両者の第1回TV討論会風景
2024年6月27日、CNN中継からスクリーンショット

事前に予想されたことだが、両者間で激しい罵倒・中傷する場面があった。特筆はバイデン氏がトランプ氏に「お前は路上の猫(ストリートキャッツ)だ」と誹謗したことだ。現職の大統領が討論会で相手をそのような表現で中傷したのだ。バイデン氏は明らかにレッドラインを超えていた。

バイデン氏がトランプ氏に対し、「あなたは有罪判決を受けた重罪犯罪者だ」と呼べば、トランプ氏は「お前の息子こそ重犯罪者だ」といった類の言葉が飛び出した。予想された範囲の中傷合戦だが、世界の指導国家を自負する米国の大統領職を目指す政治家は最低限度の品位を守るべきだろう。

ちなみに、米大統領選ほど勝者と敗者がはっきり分かれてくる選挙はめずらしい。政権が交替した場合、勝者はその日からワシントンに居住を探し、敗者は荷物を整理してワシントンから出ていく。首都ワシントンでは選挙後、総入れ替えが行われるのだ。

TV討論会後の世論調査では民主党系のリベラルなメディアですら「トランプ氏が勝利した」と受け取っている。メディアの関心はどちらが第1回TV討論会の勝利者だったかというではなく、バイデン氏は大統領職を務めることができるか、といったテーマに移ってきたのだ。

ドイツ民間ニュース専門局nTVの視聴者への調査によると、約60%が「バイデン氏は再選出馬を諦めるべきだ」と答えていた。ドイツを含む欧州ではトランプ前大統領には批判的な論調が多い。それゆえに、「民主党がバイデン氏の候補に拘るのならば、トランプ氏が勝利する可能性が高い」という危機感が高まってきたわけだ。バイデン氏に代わって民主党は誰か別の候補者に擁立すべきだというわけだ。バイデン氏もトランプ氏もまだ正式な民主党、共和党の大統領候補者ではない。

nTVのヤン・ゲゲル記者は「トランプ氏との討論会はバイデン氏にとって災難だった。この討論会でバイデン氏を見るのは痛ましい。81歳の彼は、不安定で混乱し、常に理解できるとは限らないかすれた声で自分自身を解体していった」として、「バイデン氏が米大統領に残る可能性はほとんどなくなった」と指摘しているほどだ。

バイデン氏と比較すると、78歳のトランプ氏は完全に健康であるように見えた。彼は罵り、非難するが、彼のメッセージは常に暴力性を含んでいることは良く知られている。討論会でバイデン氏が国境警備に関する質問に答える中、トランプ氏は「彼が最後に何を言ったのか本当に分からない。多分、彼自身も(何を言ったか)知らないのではないか」と冷笑するほど、余裕を見せていた。

バイデン氏にとって、第1回TV討論会の目標は、「自分があと4年間米国大統領を務めることが体力的にも精神的にもできるかについての疑念を払拭したい」というものだったはずだが、疑惑はむしろ大きくなってしまったのだ。

「バイデン氏がトランプに次期米国大統領にならないことを望み、自身が言ってきた米国の魂を救い、米国の民主主義を守りたいなら、彼は立候補を放棄しなければならない」という声がリベラル派のメディアだけではなく、民主党内でも聞こえ出している。

バイデン氏に代わって、カルフォルニア州のギャビン・ニューサム州知事(56)やミシガン州のグレッチェン・ホイットマー州知事(52)らの名前が挙がっている。オバマ元大統領のファーストレデイ、ミシェル・オバマ夫人(60)の名前も聞かれる。民主党は8月19日、シカゴで民主党全国大会を開催して大統領候補者を正式に決定することになっている。

バイデン氏自身は28日、選挙運動を続け、ノースカロライナ州のファンに「以前ほど討論がうまくできなくなった」と認めたものの、「私ならこの仕事ができると信じている」と強調し、再選を目指す意思を重ねて表明している。バイデン氏を説得し、再出馬を断念させることができるのはファーストレデイのジル夫人しかいないのかもしれない。

これまでメディアは「トランプ氏がホワイトハウスにカムバックしたならば」という仮定(「もしトラ」)でさまざまなテーマを論じてきたが、27日夜の第1回TV討論会後、メディアの関心は「バイデン氏が再出馬を断念したならば」という仮定(「もしバイ」)に焦点を変えてきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年6月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。