脱炭素化の1/200のコストで地球温暖化を防ぐ方法

池田 信夫

第7次エネルギー基本計画の議論が迷走している。今回はデータセンターや半導体などによる需要増が見込まれているため、第6次の計画の見直しは不可避だが、G7で「2035年60%削減」という目標にコミットしたため、数字の辻褄があわない。

再エネ業者がインフラのコストを負担すべきだ

たとえば系統整備の計画は次のようになっている。これを会社の事業計画と考えると、まず経営者が見るのは右下の「必要投資額 約6.0~7.0兆円」という数字だろう。これを銀行から借りるとして、各事業本部にどう分配し、各本部はそれでどう利益を上げるのかと考える。

第7次エネルギー基本計画資料

こういう連系線は、各地に分散する風力発電を他地域に送電して負荷を平準化する設備だから、火力にも原子力にも必要ない。そのコスト6~7兆円はすべて再エネ部門が負担し、その利益も彼らが取ればいい。

ところが再エネタスクフォースは今まで「連系線は公共インフラだから、そのコストは託送料金に転嫁して消費者が負担すべきだ」と主張し、系統整備コストの発電側課金を拒否した。今回は幸い彼らがいなくなったので、このコストは再エネ業者に課金すべきだ。

蓄電池にも7兆円のコストがかかるが、これも再エネ業者だけに必要なインフラなので、彼らが負担すべきだ。蓄電コストを託送料金で消費者が負担すると、カリフォルニア州のように電気代が倍増する。

エネルギーミックスの中で、今は再エネ(水力を含む)は22%だが、FIT(固定価格買取制度)の新規認定は止まっており、これを2030年に36~38%にするのは不可能である。

エネルギー基本計画の資料

結果的に原発の新増設の議論ばかり先行しているが、これは新増設したいという業者がいないので、運転可能な27基がすべて動いても、20~22%という第6次の計画を下回るだろう。要するに2030年46%削減も無理なのに、2035年60%削減なんて不可能なのだ。

「バックキャスティング」をやめて予算制約を考えるとき

このように話が行き詰まるのは、最初に「2050年カーボンニュートラル」という非現実的な目標を設定し、そこからバックキャスティングで電源構成を決めるからだ。これはIEA(国際エネルギー機関)のビロル事務局長の考えたトリックで、まずできるかできないか考えないで目標を決め、そこからコストを逆算する。

2021年に出したネットゼロ報告書では「化石燃料への投資をやめる」などの大胆な提言がおこなわれたが、そのコストはどこにも書いてなかった。その翌年になって全世界で毎年4兆ドル、そして昨年になって4.5兆ドル(720兆円)という数字が出てきた。

これは桁が大きすぎてよくわからないが、世界のGDPの約4%だから、日本に比例配分すると25兆円。消費税10%に匹敵する。世界中の化石燃料とその設備を全部捨てるのだから、膨大なコストが発生するわけだ。

それによって日本だけがカーボンニュートラルを実現したとしても2100年までに世界の気温が下がる効果は0.01℃以下である。グローバルにパリ協定の費用と便益を比べると、次の図のようになる。

ロンボルグの資料

4.5兆ドルの利益に対して26.8兆ドルのコストという事業計画がどうやっても成り立たないことは、ビジネスマンならわかるだろう。普通の会社のようにまず予算制約を考え、その範囲でやるべきだ。こんな非効率な事業に毎年25兆円も出すのはバカげている。

「気候工学」なら脱炭素化の1/200のコストで冷却できる

企業ならまず考えるのは、コストを節約することだ。膨大な化石燃料を捨てて温室効果ガスを減らす緩和より、インフラを整備して洪水などの被害を減らす適応のほうがコストが安い。

もう一つは大気中にエアロゾルや水蒸気を拡散する冷却である。最近の研究でわかってきたのは、地球温暖化の原因として温室効果ガスと同じぐらい、大気汚染の改善によるエアロゾル減少の影響が大きいことだ。これを防ぐには、大気中にエアロゾルや水蒸気などを増やせばいい。

その技術は単純で、コストは桁違いに安い。飛行機から成層圏に硫黄酸化物の粉末を散布する成層圏エアロゾル散布(SAI)のコストを計算したハーバード大学のSmith-Wagnerによれば、2100年までに地球の平均気温を1℃下げるコストは、最大でも毎年190億ドル(約3兆円)。これは脱炭素化の1/200以下である。その効果は火山の噴火で実証されている。

日本経済新聞

化石燃料を捨ててはいけない

世界中で大学やベンチャー企業がこういう気候工学の実験をやっており、ビル・ゲイツなどが出資している。彼の個人資産1100億ドルでも5年ぐらい続けられる。このコストは世界のGDPの0.2%程度なので、日本が比例配分で負担すると1兆円ぐらいである。脱炭素化に比べると、桁違いに安い。

成層圏にまくので大気汚染の心配はなく、急に止めると温度が上がるリスクもあるが、人工知能で制御できる。そういうシミュレーションも行なわれている。人工的に気候を変えるのは不自然だとか気持ち悪いとかいう感情論もあるが、散布するのは成層圏だから、普通の人は気づかない。

いま世界規模で行なわれている脱炭素化の大騒ぎのほうがよほど不自然で有害である。気候工学の技術はSAIだけではなく、脱炭素化と併用することもできる。環境団体が批判するのは、彼らのやってきた脱炭素化運動が無駄になるからだ。

今は「気候危機」ではないので気候工学は必要ないが、本当に温暖化の被害が拡大したら採用するオプションとして準備すべきだ。気候変動は文明の危機でも資本主義の宿命でもなく、大気をいかに冷やすかというテクニカルな問題にすぎないので、化石燃料を捨てるべきではない。