吹き荒れる「親米派」糾弾と「親露派」狩りの嵐

篠田 英朗

政治の世界は、党派的な世界である。これに対して国際情勢の分析は、党派的である必要はない。

ただし国際法の原則にしたがって、具体的な行動の是非を論じることは避けられない。それが党派的な争いに陥っていかないようにするには、不断の反省と検証が必要になる。

今、国際情勢分析のキーワードの一つが「親露派」だろう。マッカーシズムの再来の時代と言われるように、欧米諸国では「親露派」の炙り出しと糾弾が、進行中だ。日本にもその波が到来している。

欧米諸国の見解に同調しなかったり、欧米諸国に不利になる情報ソースを用いたりしている者を、「親露派」と断定して排除する、という傾向である。

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もちろんもともとSNS等を用いた情報戦・認知戦を積極的に展開していたのは、ロシアだ。アメリカの方は、民主化を支援する団体などを駆使して、情報戦を行うのが、伝統的な手法であった。

ロシア寄りとされる言論人は、「親米派」を非難する。世界を牛耳る「ディープ・ステート」批判というところまで行ってしまうこともある。この流れをロシアが後押ししていることは、事実だろう。国際的に主流派のメディアの裏側に真実がある、という「陰謀論」的な思想傾向が、ロシアと親和性が高い思想なのだろう。

これに対して、アメリカ寄りの言論人は、欧米諸国と異なる見解を持つ言論人を、「親露派」「左翼」「極右」などの概念化を通じたレッテル貼りで、排斥しようとする傾向が強い。主流派メディアを掌握しているという自信の裏返しだろう。

2007年に設立された比較的若いアメリカのシンクタンクに「戦争研究所(Institute for the Study of War:ISW)」がある。2022年にロシアのウクライナ全面侵攻が発生してから、日本でも一気に主流化した。日本政府が明確に欧米諸国に同調する立場を取っているためでもあるだろう。

NHKなどの主流派メディアが「戦争研究所」の意見を、極めて客観的で公正な意見の代表であるかのように扱ってニュースにしている。データ部分を見て分析してニュースにするのであれば、情報の確度の問題である。しかし、解釈・意見の部分のみをニュースにするというのであれば、事情はまた異なってくる。

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「戦争研究所」所長はKimberly Kaganという人物だが、その夫のFrederick Kaganが、主観的な意見を交えた論評を、随時発表している。

彼は、イラク戦争時に侵略推進派として活躍した「ネオコン」代表論者Robert Kaganの弟である。彼らの父のDonald Kaganがネオコンの思想的傾向を持つ人物であった。これらの人物は、単に親族関係にあるだけでなく、しばしば統一的な意見を表明する連名記事に名を連ね、時々の政権の政策に影響を与えようとしてきた。

REBUILDING AMERICA’S DEFENSES Strategy,  Forces and Resources For a New Century

「ネオコン」系機関の意見が日本の主流派メディアで、いわば「安心できる」ソースとみなされている一方、少しでも欧米諸国のスタンスに批判的な言論人は、全て「ロシア寄り」とみなされて、危険視される傾向が続いている。

親ウクライナ・親イスラエルの思想傾向を隠すことがない「Visegrád 24」などが、自民党議員などによって安心できる情報ソースとして信奉され、日本の中東政策も影響されてしまっているのも、無関係な現象ではないだろう。

残念ながら学者が構成する言論界でも、議論の深さではなく、「親露派」か「親米派」かのレッテル貼りとグループ分けで、相互糾弾と相互信頼を積み上げていく悪弊が、根深く広がっている。

地道に、情報の精度を議論しあうことを怠らないようにしないと、やがて自壊が始まるだろう。

世界的な思想傾向としては、欧米諸国の主流派は、勢いを失っている。欧州においてすら、一枚岩ではない。ハンガリーのオルバン首相が「親露派」とみなされて、EU・NATOの主流派の非難を浴びている。だがその他の中欧諸国・南欧諸国には、ハンガリーの立場に理解を示す勢力が存在する。「極右」「ポピュリスト」などと呼ばれているフランスの国民同盟も、「親露」とみなされている。これらの勢力は、主流派に取って代わるほどではないが、もはや排斥することが不可能な勢いは確保している。

この状況でアメリカにトランプ「親露派」政権が登場したら、従来の主流派の間には、大混乱が広がると思われる。

その日が刻一刻と近づいている。