オルバン首相のミッションは何か:「平和の使命」かプーチン氏の手の中か

ハンガリーのオルバン首相の動向が注目されている。なぜなら、同首相は今月1日、ハンガリーが今年下半期の欧州連合(EU)の議長国になって以来、外遊に奔走しているからだ。

といえば表現が悪いが、今月2日、ウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談したのを皮切りに、5日はモスクワでプーチン大統領、8日には中国の北京まで飛び、習近平国家主席と会見した。その後、オルバン首相は9日から11日までワシントンで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会談に参加した。

これでオルバン首相の長い旅は終わったかと思っていたら、11日、ワシントンから南部フロリダ州に飛び、トランプ氏の邸宅「マールアラーゴ」を訪問し、トランプ氏と会談したことが報じられたのだ。

EUの加盟国とはいえ、小国のハンガリーの首相がゼレンスキー大統領、プーチン大統領、習近平国家主席、そして米国の次期大統領の有力候補者トランプ氏と次々と会談するということは通例のことではない。オルバン首相は何かに駈り立たされているように世界情勢に関連するトップの政治家と会談し続けているのだ。

オルバン首相は7月1日の到来を待っていたはずだ。そして今年下半期のEU議長国となった直後、同首相の長い外交日程がスタートした。同首相と会見したプーチン氏や習近平主席はオルバン首相がEUの議長国の首相ということで日程を調整して会見したはずだ。オルバン首相側にも同首相と会見した側にもそれぞれ政治的思惑が働いていたことは間違いない。

ゼレンスキー大統領との会談はオルバン首相にとってウクライナ戦争勃発後初めてだ。EU議長国としてキーウ訪問は一種の義務だろう。

EUの対ウクライナ支援で消極的なオルバン首相を迎えて、ゼレンスキー氏は外交的に振舞っていた。オルバン首相はロシアとの戦闘の早期停戦を要求したが、ロシア側の戦争犯罪行為などについては全く言及していない。オルバン首相の口からはプーチン氏批判の言質は出てこない。ただ、オルバン首相は6月15日スイスで開催された「ウクライナ和平サミット会議」の開催を評価している(「オルバン・ゼレンスキー初会談の成果」2024年7月5日参考)。

オルバン首相の突然のキーウ訪問を聞いたブリュッセルは「われわれは事前にオルバン首相のキーウ訪問を聞いていない」と言いながらもそれ以上の発言はしなかったが、同首相がその直後、モスクワまで飛びプーチン大統領と会見したことが伝わると、「オルバン首相は何の権限でプーチン氏と会見したのか」、「EUはオルバン首相に如何なる権限も与えていない。彼はEUの代表ではない」といった批判の声が飛び出してきた。

EUのジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は「オルバン首相のモスクワ訪問はあくまで2カ国間関係の枠組みで行われたことだ。ハンガリーは現在EU理事会議長国だが、これは外部へのEUの代表を意味しない。この任務はシャルル・ミシェル理事会議長と、閣僚レベルでは私だけだ」と説明している。

オルバン首相はモスクワ入りした直後、「平和の使命を果たすためだ」と表明している。欧米のメディアは「オルバン首相はロシアとウクライナ間の仲介役を演じる考えではないか」と報じていた。

一方、プーチン氏はクレムリンでオルバン首相を迎え「今回、あなたは私たちの長年のパートナーとしてだけでなく、欧州連合理事会の議長としても来られたと思う。そしてもちろん、ヨーロッパ最大の危機のウクライナについて起こり得るシナリオについて話し合う機会が得られることを願っている」と強調している。そしてロシア側から、ユーリー・ウシャコフ大統領補佐官、ウラジーミル・メディンスキー大統領補佐官、セルゲイ・ラブロフ外相らを会議に参加させ、交渉の舞台を整えている。巧みな外交手腕だ。

それに対し、オルバン首相は「今日はお会いしていただき感謝する。過去10年間で今回が我々の初めての会見というわけでない。実際には11回目になる。しかし、今回の会議はこれまでの会議よりも重要だ」と述べ、EU議長国としてロシア側とウクライナ問題を話し合う意向をにじませている。

ちなみに、ウクライナ外務省は「オルバン首相のモスクワ訪問はキーウと調整されていない。ウクライナ抜きのウクライナに関する如何なる合意は受け入れられない」との声明を発表し、牽制している。

オルバン首相は8日に北京入りした。中国国営メディアは「ハンガリーのオルバン首相は本日‘平和使節’として中国をサプライズ訪問した」と報じた。そして習近平国家主席は、北京でのオルバン氏との会談で「国際社会はロシアとウクライナが直接対話に入る条件を整えなければならない。それにはポジティブなエネルギーが必要だ」と指摘している。

オルバン首相は「中国は、ロシア・ウクライナ戦争における和平の条件を作り出す上で重要な大国だ。だからこそ私は北京で習主席に会いに来たのだ」と返答している。

そして11日、オルバン首相はサプライズ訪問の最後の訪問先として、ワシントンで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席後、南部フロリダ州にあるトランプ氏の邸宅「マールアラーゴ」を訪問した。オルバン首相はX(旧ツイッター)に「和平への道」を巡り意見を交わしたという。

外電によると、オルバン氏はトランプ氏を「平和の人」と呼び、大統領選での返り咲きを期待しトランプ氏はオルバン氏の訪問に謝意を示し、「ウクライナで迅速に平和がもたらされねばならない」と訴えたという。

以上、オルバン首相のキーウ、モスクワ、北京、ワシントン、フロリダ詣でをまとめた。

オルバン首相は訪れた先々で「平和の使命」として来たと述べ、ウクライナの停戦を強く要請している。平和の実現をアピールする宣教師のような印象を与える。換言すれば、ディプロマシー(Diplomacy)ではなく、ミッション(Mission)だ。ミッションゆえに、ブリュッセルがたとえ強く反対したとしても全く影響を受けることはなく、むしろ益々使命感に燃えるというパターンだ。それとも、これは最悪のシナリオだが、オルバン首相はプーチン大統領の手の中で踊らされている政治家に過ぎないのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。