要人襲撃の歴史:起こるべくして起きたトランプ氏銃撃事件

トランプ元大統領が撃たれました。幸いに耳に負傷を負っただけで済んだようですが、流れ弾で聴衆に犠牲者が出ました。痛ましい話です。メディアは「民主主義への挑戦」という趣旨の書き立て方をするのですが、私には民主主義の問題とは別の話ではないかと思います。

狙撃直後のトランプ前大統領

アメリカでトップクラスが狙われた代表的事例として少なくとも4つ目になるのでしょうか?過去にリンカーン、ケネディ、レーガンのケースがあります。リンカーン暗殺の犯人は一種のテロです。事件のあった1860年代に4年間という短い期間、「アメリカ連合国」という非公認国家を樹立する動きがあり、犯人はその国家への支持者であり、合衆国転覆を狙ったものです。次にケネディ暗殺は様々な話がある上に犯人と思しき人をせっかく収監したのにその収監先に別の男が侵入し犯人を射殺してしまったため真相が闇になっています。ただ、私は個人的な政治的反抗ではないかと推測しています。つまり組織だった話ではないとみています。

レーガンのケースはもっと動機が不純で犯人が映画で見た女優のジョディ フォスターへあこがれ、ストーカー的偏執がたたり、目立つことでジョディの気を引こうとし、当時の大統領、ジミーカーター暗殺を企てるもの失敗、次の大統領であったレーガン氏を襲撃したのが事件の真相とされます。

日本では戦前、226事件と515事件が有名です。226事件は統制派と皇道派の争いが背景で現役総理の岡田啓介は人違いで命拾いするも高橋是清、斎藤実の首相経験者が殺害されています。515事件は現役首相の犬養毅が殺害された日本を代表する組織的テロ事件の一つです。それ以外に浜口雄幸首相が東京駅で襲撃された事件は「男子の本懐」として小説にもなったケース。どちらかといえば日本のほうが組織的テロ的な事件は多く、戦後、学生運動が飛躍し全学連など一部の原理的思想グループが引き起こした数々の事件は日本のみならず、世界を震撼させました。オウム事件も組織テロの一つであり、法務省の諜報組織ともされる公安調査庁は古くは「特高」の流れを汲みますが、歴史の流れでは実質的にオウム組織監視が転機でしょう。

安倍晋三氏の殺害は定義上はテロなのですが、思想犯に近いもので岸田首相襲撃事件の犯人は黙秘を続けているので事情が分かりませんが同様だと察しています。

これ以外にも要人襲撃事件は世界で頻繁に起きており、それが民主主義国家であろうが、ロシアのような権威主義国家であろうが関係なくまた歴史的にも延々と繰り返しているのが現状であり、現代民主主義に対する挑戦という立派な能書きにはやや違和感を感じるわけです。

テロにも組織的犯行、例えば911事件はその典型ですが、アメリカでしばしば起きる銃乱射事件を含め、単独犯であるローンウルフ(Lone Wolf、日本ではlone Offender)が数の上では圧倒しています。

どんな国も政治的主義主張をもとに国家運営されるわけですが、国民全員がその枠組みをもろ手を挙げて受け入れるわけではありません。一定数は不満を持ち、その中の更に一定数は移民や難民という国外退去を選択します。が、多くは国内に残され不満を抱えます。この不満をどこまで我慢できるかは個人の許容度次第であり、仮に一般大衆が「些細な理由」だと思っても当人にとって「大きな事実で復讐必至」となれば当人が住む社会が平和な国家だろうが、独裁政権下であろうが個人の意思を貫く犯罪行為は可能になってしまいます。

私が現代社会が危険だと思うのは人々の許容度が下がってきている点です。それは入ってくる情報がAIを含め自動的に取捨選択されやすくなったことにより、極めて偏った脳内インプットを大量に受け入れることで思想のバランスが悪くなっているように見受けられるのです。フランスの今回の選挙の結果を見ても極右が勝つと思ったら左派連合が勝つも左派連合内部は強硬派から穏健グループまでばらばらで誰も妥協しないから首相すら決められない事態になっています。

日本の場合はある意味アメリカよりタチが悪く、民主か共和という大枠で二択の切り口すらなく、自民は嫌い、野党もダメ、というダメダメばかりで否定形主導型にすらなっています。

このような社会環境では当然ながら組織型テロだろうが、ローンウルフ型の犯罪だろうが、起こる危険性は高いままだといえます。日本ではそれでも警備的にもテロ事件が起きる前提にあるとは思えず、例えば選挙演説はターミナル駅でほとんど警備ができない状態で候補者らが宣伝カーの上に立ち、群衆を前にマイクでがなり立てますが、狙撃犯がいれば一発アウトなのです。

トランプ氏が襲撃されたことは残念ですが、驚くべき話ではなく起こるべくして起きたといったほうが良いでしょう。病めるのはアメリカだけではありません。日本を含め世界中が不信の中で生きている時代だとも言えます。

私は要人じゃないから関係ないと思う方もいらっしゃるでしょう。今では家族に隣人、友人から同僚まですべての人の行動規範は闇の中であります。数多く起きる身内殺人事件のみならず、京都アニメーションの放火事件などはローンウルフの典型でしょう。生きづらい世の中の一面を見てしまったようです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年7月15日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。