本当に「日本で頑張る気は起きない」のでしょうか?

トヨタ会長の豊田章夫氏が7月18日に長野で交通安全祈願の後の所感を報じた朝日の記事が物議を醸しています。「日本で頑張る気は起きない」といったというのです。ちなみにこの報道をしたのは私の見る限り朝日だけで他紙は触れていないようです。

豊田会長 トヨタイムズHPより

背景は型式指定の不正認証問題が起きた中で他社が次々と生産再開を果たす中、トヨタが虐めにあっているようにも見え、生産計画が大きくずれてしまっていることに腹を立てている、ということでしょうか?

本件についての調査結果からみるとトヨタの場合は意図的な不正というよりケアレスミスに近いものであり、その割に処分は不当に重く、かつ、マスコミを通じて世間が大騒ぎしたことでその圧力はより強いものになりました。一般の方は膨大なケースの中の6件のケアレスミスもダイハツやいすゞで行われた意図的不正も区別なく「悪!」とくくるでしょう。それ以上にマスコミの論調はトヨタを悪人に仕立てることであのクリーンなイメージとのギャップ感を際立たせ、記事のインパクトを出そうとしているようにすら見えます。

たぶん、豊田会長は相当腹を立てているのでしょう。自工会の会長も長年やり、日本の自動車業界を引っ張ってきたリーダー的存在です。本人の気持ちからすれば恩を仇で返されたと思っているかもしれません。

豊田氏のもう一つの不満は自動車製造における厳しい行政の関与とも読み取れます。なぜそれほどまでにチェック項目が多いのか、そしてそれが本当に意味あるチェックなのか、であります。そのあたりのことが爆発したのが今回の発言の背景ではないかと察しています。

では海外に出ればそんな問題は無いのか、と言われれば私はカナダのケースしかわかりませんが、正直言ってカナダもずっと検査漬けだと思います。私の身近で起こっている2例をご紹介します。

弊社が開発し運営しているマリーナ施設には消火施設が設置されています。過去24年の運営の間に2度、火災が起きました。その際、消防署は我々の消防施設に触ることなく、消防車と消防船、及び地上の消火栓からの放水で消火活動をしました。

その間、同設備は誰もチェックすることなく当局からの要請もなく、放置されてしまいました。今年の初め、消防署の人事異動で着任した新しい署長は自らが認める「規律派」でルール厳守故に弊社のマリーナに単身で何度も乗り込み、消防施設が更新検査をしていないことを責め立て、修正するように厳命したのです。

ところがシステムが古すぎて今の時代に部品はないしそれを直す技術者もいないのです。業者からことごとく断れながらも一社のあるテクニシャンがほぼ個人的興味を示し、趣味のようにして修理を請け負い、4カ月かけて直したところです。

我々は「これは消防署署長のルール至上主義。実際に火災があれば消防署署員は誰も使い方がわからないから慣れたやり方を繰り返すだろうね」と話しています。つまり設定ルールと実際の環境がもはや全くマッチしていないのです。ちなみに私どもの隣のマリーナが数年前大規模改修したのですが、その際に一切の消防設備設置が市役所から要求されず、せいぜい消火器ぐらいしないことにくだんの消防署長は怒り狂っています。これが個人的趣味なのか、行政のエラーなのか未だに判別がつきません。

もう一例は先般完成したシニアホームにかかる許認可過程での矛盾です。開発認可は都市計画課から発出され、その与件には工事の工種ごとの保証金や役所による代替工事項目がずらり並び、私は現金支払いや信用保証状でざっと1500万円分ぐらい市役所に差し出すことで開発認可をもらいました。

ところが工事のプロセス認可は市役所の技術課が担当し、工事許可は建築課が発出します。つまり、開発の大枠認可と建物の技術的検証と工事期間の管理は役所の内部で縦割りになっており、全部違う部署が管轄するのです。工事期間中、実務上、当初の開発許可前提と相違する事態も発生し、役所の代替工事がなくなったり大幅変更する項目も複数発生したのです。その金額、代替工事費用分で約600万円分あります。ところが役所に使わなかったのだから返してくれというとこれが縦割りの弊害でこっちの部署は良くてもこっちの部署はダメという板挟みになり、返金交渉に苦戦しているのです。

カナダでも役所の民間事業への関与はすさまじく多く、アメリカも同様だと察していますので、少なくとも北米で事業をする限りにおいて全くがんじがらめの世界にいるということです。ましてやアメリカなら政権交代でルールが180度変わることもあります。こうなると民間側はルールの更新に必死に食らいつき、それにいかに合わせるかに躍起にならざるを得ないのです。

つまり役所の縦割りの弊害は何処にでもあり、海外に行けばどうにかなるというものでもないのです。そしてガバナンスが強化された昨今、監督官庁のみならず、社内やパブリックを含め、あらゆる監視の目があり、事業者は2-30年前と比べ、格段の難しさの中でもがいていると言ったらよいでしょう。

豊田会長は日本の監督官庁の体制を知り尽くしているがゆえにその理不尽さを責め立てているのだと思いますが、昔の良き時代など世界のどこに行ってももうないのです。タイムマシーンに乗って昭和の時代にへばりついているならそれは心地よいブリーズかもしれません。しかし残念ながら我々は極めて高く険しい山でそれを一歩ずつ登る、そんな世界にいるのです。

豊田会長の不満は理解できます。私だって上記の2例だけ取っても「チクショー!」と思っています。が、そこから目を背けることは勝負に負けることを意味します。だからこそ、どんなことがあっても歯を食いしばって目の前のハードルを乗り越えるしかないのです。

森永卓郎氏の近著、「書いてはいけない日本経済墜落の真相」では氏の話題の著書「ザイム真理教」の内容に手を加えた財務省の悪態をつらつら書き綴っています。これを読むと財務省のことを悪く言う民間に対して徹底した苛めを行っていることが示されています。具体的には当該企業に税務調査を通じて通常は問題視しない細かいエラーも「大問題だ!」という扱いをしてペナルティを科すというもの。それが事実ならば役所も極めて恣意的なことをするものだと腹立たしい思いになりました。

豊田氏はまさに日本的官僚制度と官民の組織論にメスを入れようと正義感を持っているのだと思いますが、冒頭の発言ではそれは逆効果。もちろん、この部分だけ切り取られたという言い方もできるのですが、結局元ネタである長野での所感発言全文を見る人はほとんどいないわけですから豊田氏も火に油を注いでしまった感があります。

そういえば氏は先の株主総会で取締役再任の支持率は前年より13ポイントも低い72ポイントに留まっています。トヨタの役員では最低の支持率でした。特にアメリカの複数の議決権助言会社が再任反対に回ったことが理由とされます。つまり海外から見ても豊田氏の受けはイマイチであるのです。

豊田氏も人の子。とはいえ、自分が日本の自動車業界を引っ張っているという自負が強すぎることが逆に弊害になっているようにも感じます。トヨタも世代交代を進めるしかないのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年7月22日の記事より転載させていただきました。