共和党全国大会でJ.D.バンス上院議員が共和党の副大統領候補に正式に指名された。WSJによると※1)、トランプ氏の長男トランプ・ジュニア氏は、最後まで別の候補者を検討していたトランプ氏に対してバンス上院議員を強く推薦したとのことだ。バンス上院議員はスゥイング州の若い有権者や労働者階級にアピールできるなど、多くのメリットがあるとトランプ氏に伝えていたとのことだ。
トランプ・ジュニア氏の見解は正しい。2024年大統領選はPA州・MI州・WI州で決まるので、その判断は私も正しいと思う。穏健派の取り組みや女性票・黒人票の獲得も熱心にやっていたが、これらの層を取り込まなくても勝てるという見込みがついたのだろう。
特に穏健派の取り込みはヘイリー氏を急きょ共和党全国大会のスピーチに招待したことで、それで事足りると思ったのだろう。ヘイリー氏はスピーチでトランプを支持する代わりに、なんらかのポジションを約束されたのではないだろうか。
バンス上院議員が共和党の副大統領候補に選ばれたことで、2028年大統領選の道も開けた。間違いなく、バンス上院議員は、2028年共和党大統領選の最有力候補だろう。
トランプ氏・トランプ陣営が合衆国憲法に従うならば、2024年大統領選に当選しても1期4年間しか務めることはできない。大統領任期を延長するには憲法改正の必要があるが、さすがに上院がフィリバスターを突破できる議席を獲得できるとは思いにくい。万が一、獲得しても、共和党上院内で一部からほぼ確実に反対票が入るのでやはり無理だろう。そうなると、トランプ氏の後継者としてバンス副大統領候補ということになってくるだろう。
バンス上院議員について
バンス氏が上院議員になってからのほうが重要だと思うので、生い立ちなどはスキップします。 生い立ちが興味ある方は、彼が書いた「ヒルビリー・エレジー」を読んでください。
彼は2022年の中間選挙でオハイオ州上院選に出馬した。トランプ氏から支持され、ピーター・ティールから多額の献金をうけて当選した。2023年1月にオハイオ州上院議員として初就任した1期目の新人議員だ。
彼には超党派を巻き込んでの立法実績はなく、議員としては立法成果をだしていない。とはいえ、 民主党が多数党なので致し方ない部分もある。
バンス上院議員は、4つの委員会に所属している※2)。
- 銀行・住宅・都市委員会
- 商業・科学・交通委員会
- 高齢者対策特別委員会 (Special Committee on Aging)
- 両院経済合同委員会 (Joint Economic Committee)
所属委員会をみても、どちらかというと国内対策がメインの委員会所属だ。外交委員会・上院情報委員会には所属していない。外交経験には乏しいはずだ。
ペンス元副大統領は、福音派指導者フランクリン・グラハム氏とともに数多くの福音派外交をしてきたが、 それも期待できなさそうだ。
ちなみに、バンス議員はカトリックとして2019年に正式に改宗している。改宗してから数年しか経過していないし、宗教外交ができるかも未知数だ。バンス夫人はヒンズー教の家庭で育ち、クリスチャンではない※3)。過去に民主党員として登録したことも報道されている。
バンス上院議員が提出してきた法案
まずは、彼がどんな法案を提出してきたかを govtrack.usを活用してみてみる(※4)
◆ Railway Safety Act of 2023(2023年3月)
上院議員に就任してすぐにオハイオ州で列車脱線事故が起きた。有害物質の汚染が問題になったため、民主党のオハイオ州選出のブラウン議員とともに法案を提出した。危険物を運搬する列車の安全手順を強化、すべての列車に熟練した二人乗務員を配置することを義務付けること、鉄道運送企業に対して違反罰金の強化などを盛り込んだ。
◆ English Language Unity Act(2023年3月)
英語を米国の公用語と定め、行政機関はすべて英語で行うことを義務付け、世界共通の英語試験基準を導入
◆ ONSHORE Act(2023年6月)
民主党アリゾナ州選出のケリー上院議員と共同立案。サプライチェーンを米国に戻すためには産業用地開発コストを下げる必要があるため、産業用地に必要となる産業用地助成金プログラムの創設。
◆ TRICARE Fairness for National Guard and Reserve Retirees Act(2023年5月)
州兵と退役州兵も、現役軍人・退役軍人および家族向けの医療保険制度に加入させる法案
◆ No Obamacare For Illegal Aliens Act(2023年7月)
不法滞在者へのオバマケア適応を禁止
◆ Timely Departure Act(2023年7月)
Visa bond programの創設。不法滞在が多い国からの入国者に対してデポジットを義務付けるもの。デポジットは出国時に返金するが、不法滞在していた場合は国土安全保障省が没収する。
◆ Failed Bank Executives Clawback Act(2023年6月)
ウォーレン上院議員と共同立案で、銀行破綻後の役員報酬を取り上げる法案
◆ Bank Failure Prevention Act(2023年7月)※5)
資産1000億ドル以上を保有する州法銀行は、国法銀行と同様に通貨監督庁(OCC)の管轄下に入るようにする法案。シリコンバレー銀行の破綻をうけ、連邦準備制度理事会(FRB)の加盟・非加盟に関わらず、 通貨監督庁(OCC)の管轄に入れることで銀行破綻を防ごうとする法案。
◆ Drive American Act(2023年9月)
-EV補助金を廃止
-America First Vehicle Creditを導入し、米国製のガソリン車の販売促進。クレジットの条件は米国人労働者が米国製部品を米国内で組み立てた車両。
◆ Safeguarding American Education from Foreign Control Act(2023年9月)※6)
Higher Education Act of 1965の第117条は、大学に対し、25万ドル以上の外国からの贈り物や外国との契約について、半年に一度、米国教育省に開示することを義務づけているが遵守されていない。この規則を執行することで、中国共産党からの資金提供を断つ。
◆ Israel Supplemental Appropriations Act of 2023(2023年10月)
共同提出。イスラエル単独に143億ドルの軍事支援を実施
◆ Ukraine Aid Transparency Act of 2024(2024年3月)
ウクライナに対する米国の援助が最終的にどれだけの米国人の負担になるのか、欧州が実際にいくら拠出したのか正確に会計処理をさせる法案
◆ A bill to restrict the Chinese Government from accessing United States capital markets and exchanges if it fails to comply with international laws relating to finance, trade, and commerce.(2024年3月)
中国が為替操作など国際金融法に従わない場合、アメリカの資本市場・取引所へのアクセスを禁じる法案
◆ Stop Subsidizing Giant Mergers Act (2024年3月)
過去3年間の平均年間総収入が5億ドルを超える企業の合併・買収に対するこの非課税措置を廃止。巨大企業合併に対する巨額の税制優遇措置を廃止。
◆ Dismantle DEI Act(2024年6月)
連邦政府が実施しているDEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)プログラムをすべて廃止。各行政機関のDEIオフィスも閉鎖。
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2023年1月~2024年6月までの法案提出数は36本。提出した法案のうち3分の1は一人も共同提出者がいないが、6本は民主党議員と共同提出している。これらの共同提出法案をみていくと、バンス議員は、規制に対しては時に民主党員と取り組んでいることもある。
政府による規制をできるだけ解除しようとする共和党議員の中では珍しい存在でもある。もっというと、子ども税控除(Child tax credit)の拡充を支持する発言もしている※7)。これだけみると、穏健派議員のようだ。
また、バンス上院議員は” I am among the most pro-labor Republicans in the U.S. Senate.”と発言する※8)ほど、労働者寄りの共和党員として自らを称している。彼は、Pro-Manufacturingであり、国内製造を強く推進している。
提出した法案「ONSHORE Act」 では、民主党上院議員と協力して国内製造を活性化するために一番不足しているのは産業用地だとしてその整備に補助金を提供する案をだした。こうした国内製造業を活性化するための政策については、民主党上院議員とも意見が一致しているといえる。
一方で、化石燃料については民主党とは全く違う立場をとる。彼はフラッキング支持者だし、化石燃料推進派であり、気候変動には懐疑的だ。
彼は2023年9月には「Drive American Act」という法案を提出している。この法案の中身には、① EV補助金を廃止 ② America First Vehicle Creditを導入し、米国製のガソリン車の販売を促進。クレジットの条件は米国人労働者が米国製部品を米国内で組み立てた車両となっている。
彼はバイデン政権のEV政策を批判しているが、EVのバッテリー重要鉱物とサプライチェーンが中国に握られていることに強く懸念を示していることが中核にある。補助金そのものには反対するどころか積極的な部分も時にみせており、補助金は米国の労働者に使われるべきだと論じている※9)。
トランプ陣営とRNCは、補助金をつかいガソリン車の販売を促進するといった踏み込んだ発言はしていない。あくまで「EV義務化を即時停止」だ。しかし、バンス上院議員は「ガソリン車の販売促進」と明確に法案を書き提出している。
他にも、 彼は日本製鉄がUSスチールを買収するのに反対を声高に訴え続けている。国防生産法で付与された大統領権限を使えば、大統領が売却阻止をできるため売却阻止を2024年5月にも要請していた※10)。
バンス上院議員が超党派で取り組む姿勢は、企業に対する懐疑心を反映している。これは全米商工会議所やビジネス・ラウンドテーブルなど企業団体を支持してきた共和党とは一線を画す。むしろ、プログレッシブコーカの民主党議員と一致することが多い。
国内製造の推進についても「手がけたプロジェクトがうまくいけば、10年後にはアメリカの製造業を支持しない共和党員であることが非常に難しくなる」という発言までしている※11)。
基本的にバンスジョウイン議員は、トランプ陣営の経済ブレーンが幹部をつとめるシンクタンク「America First Policy Institute 」の政策アジェンダとも、共和党の政策綱領にも不一致なところはない。どちらかというと、さらに踏み込んだ発言や法案を提出してきた。「トランプ氏より過激と表現されることもあるが、過激というより、さらに踏み込んだ提案」というほうがしっくりくる。
バンス上院議員の投票履歴・発言・立場表明を抜粋
① 投票履歴
全部の投票履歴を確認しているわけではないが、特に重要な予算関連についてはNOに反対してきた。
・Fiscal Responsibility Act(財政責任法案):NOに投票
2025年1月1日まで連邦債務の上限を停止する法案にはNOを突き付けた。
「歳出削減はできない。歳出削減をすれば軍事支出が減少するだけで、中国の脅威が増すだけだ」と発言している。
また、赤字削減はバンス上院議員にとって優先課題ではないと2023年5月に発言している※12)。
・2024年国防権限法(NDAA) 2023/7/28:NO
ウクライナ戦争のための追加軍事援助を何年にもわたって実施することが盛り込まれていたためと声明を発表している※13)。
NDAAに盛り込まれたウクライナ支援は$3億だったが、それでも強く反対。
・政府閉鎖回避のためのつなぎ予算 2023/9/30:NO
・2024年 年度予算 2024/3/23 :NO
② あらゆる純増税に例外なく反対
AMERICANS FOR TAX REFORM( 全米税制改革協議会)の「納税者保護誓約 (Taxpayer Protection Pledge) 」に署名している。有権者に対して、あらゆる純増税に例外なく反対するという立場を表明している※14)。
③ FTCカーン委員長の反トラスト法違反訴訟を称賛
FTCカーン委員長が巨大IT企業に対して反トラスト法違反で強気に提訴していることを支持。バンス上院議員自身も、Googleを解体する時だと2024年2月に発信している。
かつては、ハイテク企業への投資家だったバンス上院議員は、大手ハイテク企業を声高に批判して解体を推進する議員となった。通信品位法第230条が適応されていても、ソーシャルメディア運営企業が享受するコンテンツに関する免責の範囲を狭めるべきだとも発言している※15)。
2024年初めに開催されたRemedyFestのイベントでは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアメリカの独占禁止法制定の時代に立ち返り、当時の独占禁止法制定を提案した人物達が指摘した多くは現代にも当てはまると発言している。
There was a recognition that concentrated private power could be just as dangerous as concentrated public power,※16)
③ 親クリプト派
これは色々なところで論じられているので割愛するが、7月中にも暗号資産の規制緩和につながり、SECとCFTCの管轄についても抜本的に見直す法案をだすとされている※17)。
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バンス上院議員の立ち位置は、伝統的な共和党員がもつpro-business(親ビジネス)でもないし、赤字削減・財政規律でもない。MAGAだけというわけでもない。彼自身は「ポストリベラル(postliberal right)」右派を自称している。ポストリベラルについては、私自身の言葉で説明できるほど理解できていないので一番適格だと感じたWSJ記事を引用する。
ポストリベラリズムは新しく、まだ進化している。その最も明確な説明は、デニーン氏の2023年の著書「レジーム・チェンジ(体制転換)」の中にある。同書は政治的なエリートを国民の利益により近い人々と入れ替えることを提唱。この新たなエリートたちは美徳・家族・コミュニティーを重視する「公益」保守主義によって導かれる、との期待を示している。
ポストリベラル派はまた、トランプ氏の「ディープステート(闇の政府)」批判に哲学的な重要性を加えている。「アドミニストレーティブ・ステート(行政国家)」は市民が自治のために協力する権利を奪うものと解釈されているからだ。バンス氏は「トランプ氏が再選されれば、連邦政府のかなりの数の中堅レベル官僚を即座に解雇すべきだ」との自身の提言について説明を求められると、こう答えた。「私にとって、これは小さな政府の話ではなく、民主主義に関わる話だ。官僚は選挙で選ばれた政府部門に対応する必要があるということだ」。ポストリベラル派のコミュニティーへのコミットメント(責任、献身)には、コミュニティー自治へのコミットメントも含まれる。
ポストリベラル派を提唱する思想家たちがカトリックだということは非常に興味深い。バンス上院議員もピーター・ティール氏の紹介をうけて、カトリックであり文芸批評家 René Girard氏に大きな影響をうけてカトリックに改宗したことを自身で告白している※18)。
正直、バンス共和党副大統領候補が第二次トランプ政権誕生時にどれだけの影響力をもつかはまだわからない。私は2028年、2032年の総選挙を考えている。トランプ政権時では、種まきをして、2028年または2032年から始動すると彼が予言した「10年後にはアメリカの製造業を支持しない共和党員であることが非常に難しくなる」とも一致するように思える。
もしかすると、「トランプ大統領が再び大統領に当選」よりもレジーム・チェンジに多大な影響をうけたバンス副大統領誕生のほうが、米国にとって大きな転換点を迎えることになるのではないだろうか。
【参照記事】
※1:JD Vance Accepts GOP VP Nomination, Setting Him Up as MAGA Heir
※2:Senator J. D. Vance
※3:The role of religion in JD Vance’s family life
※4:govtrack.us
※5: SENATOR VANCE INTRODUCES THE BANK FAILURE PREVENTION ACT
※6: Safeguarding American Education from Foreign Control Act
※7:Vance has diverse record on tax, spending
※8:SENATOR VANCE: BIDEN’S FORCED TRANSITION TO ELECTRIC VEHICLES IS CRUSHING UAW WORKERS
SENATOR VANCE: BIDEN EV AGENDA THREATENS U.S. AUTO INDUSTRY
※9: SENATOR VANCE UNVEILS LEGISLATION TO ELIMINATE BIDEN EV CREDITS & PROMOTE DOMESTIC AUTO MANUFACTURING
※10:SENATORS VANCE, HAWLEY & RUBIO DEMAND BIDEN BLOCK FOREIGN TAKEOVER OF U.S. STEEL
※11:Is There Something More Radical than MAGA? J.D. Vance Is Dreaming It.
※12: https://x.com/JDVance1/status/1662847867449483264
※13:SENATOR VANCE OPPOSES FINAL PASSAGE OF THE NDAA
SENATOR VANCE, COLLEAGUES REJECT INDEFINITE WAR IN UKRAINE
※14: JD Vance Knows Workers Pay the Corporate Income Tax in the Form of Lower Wages and Higher Prices
※15: Once a tech investor, Vance is now Big Tech critic
※16: J.D. Vance is anti-Big Tech, pro-crypto
※17: Vance floats crypto plan
※18:The Seven Thinkers and Groups That Have Shaped JD Vance’s Unusual Worldview
編集部より:この記事は長谷川麗香氏のブログ「指数を動かす米議会」2024年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「指数を動かす米議会」をご覧ください。