欧州の戦時下でのパリ夏季五輪大会

パリ夏季五輪大会の開会式が26日、挙行された。100年ぶり、3回目となるパリ五輪には32競技、329種目に約1万1000人の選手がメダルを競う。開会式は今回五輪史上初めて競技場ではなく、屋外で行われ、選手団はセーヌ川を船で行進し、エッフェル塔前のトロカデロ広場でマクロン大統領は五輪開会を宣言した。式典には世界から元首や政府首脳たちも参加し、セーヌ河沿いには多くの市民、観光客が見守った。大会は8月11日まで17日間行われる。

パリ夏季五輪大会の開会式の風景 マクロン大統領インスタグラムより

ウクライナ戦争の制裁として、ロシアとベラルーシの選手は国家代表としては参加できず、中立の立場で競技を行う。ウクライナは約140人の選手団を派遣した。一方、パレスチナ側から五輪大会追放を要求されていたイスラエル選手団は参加した。国際オリンピック委員会(IOC)はパレスチナ側の要求を拒否した。

前回の東京大会ではコロナウイルスのパンデミックで観客は競技場には入れず、閉鎖された場所と環境圏で行われたが、パリ大会では従来の通り、オープンされた五輪大会に戻った。同大会のテーマは「広く、開かれた」だ。なお、パリ大会の開会式直前の26日未明、パリと地方都市を結ぶ高速鉄道(TGV)が放火され、器材が破壊されるなど「組織的な悪意のある行為」があった。そのため、旅行者や五輪ツーリストたち約80万人がその影響を受けた。なお、パリ五輪大会関係者によると、テロ対策のために警察官、兵士たち7万5000人が大会の安全な運営のために動員されている。

開会式をオーストリア国営放送(ORF)の中継でフォローしていた時、パリから約2000キロしか離れていないウクライナで連日、ロシア軍のミサイル攻撃、ドローン攻撃を受けているウクライナ国民の事が頭に浮かんだ。欧州大陸の一方ではスポーツの祭典が開かれ、他方では戦時下で電力は不十分、食糧・水道といった基本的な生活物質もままならない中で生きている人々がいる。

ウクライナ戦争だけではない。中東のイスラエルでもガザ紛争が続いている。イスラム過激テロ組織「ハマス」はイスラエルに奇襲テロを行い、1200人余りのイスラエル人を殺害。イスラエル側の報復攻撃では多数のパレスチナ人が犠牲となっている。華やかな五輪大会の開会式に集まる人々と、戦争下にいる人々の間の不均衡さに心が落ち着かない。

パリ五輪大会開会式から2日後の7月28日はオーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに宣戦布告をした110年目に当たる。サラエボでフランツ=フェルディナント大公と妻のゾフィー夫人が1914年6月26日、セルビア人ナショナリストによって暗殺された。それが契機となり、同帝国とセルビア間で戦争が勃発すると、戦争は瞬く間に欧州全土に広がり、世界的な規模の戦争となっていった。同戦争で950万人以上の兵士がなくなり、650万人の民間人が犠牲となった。戦争では最終的には中欧を650年余り支配してきたハプスブルク王朝は崩壊した。

歴史を振り返ると、人は何時も戦ってきた。砲丸の音が絶えた時、人はスポーツ祭典などのイベントを考える。ナチス政権下で行われたベルリン夏季五輪大会(1936年)もそうだった。パリ大会はウクライナで戦いが続き、中東やアフリカで紛争が起きている時だ。東京の夏季五輪大会(2021年7月開催)は世界で数百万人が犠牲となったコロナのパンデミック下の大会だった。ちなみに、IOCの要請にもかかわらず、紛争国間の”五輪休戦”は実現されなかった。

スポーツと政治は全く無関係だという人もいるが、人は限りなく政治的な存在だ。肌の色の違い、民族の違い、宗派の違いがスポーツの世界でも争いや紛争の種になることがある。オーストリア代表紙プレッセは26日の1面トップで「なぜ世界はオリンピック大会を必要とするのか」というテーマで記事を載せていた。「五輪大会は戦場ではなく、競技場での戦争だ。その意味で代理戦争だ」といった極端な主張も聞く。メダル獲得数の国別ランクリストをメディアは好んで掲載する。共産主義世界ではスポーツは国をアピールするプロパガンダの手段と受け取られてきた、といった具合だ。選手やアスリートから純粋なアマチュアリズムはもはや期待できない。

いずれにしても、欧州の戦時下でのパリ五輪大会が始まった。大会が安全に運営され、参加するスポーツ選手は自身のベスト記録を目指し、スポーツの醍醐味、面白さを伝えてほしい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。