フランス北部のサンテティエンヌ・デュルブレのローマ・カトリック教会のアメル神父(当時85歳)がイスラム過激派テロリストに殺害されて今月26日でまる8年目を迎えた。コラムの読者から前日、「パリ五輪開催日」と「アメル神父の命日」が同じ7月26日であることを教えてもらった。同神父のテロ事件を忘れていたわけではないが、当方は26日、「今月28日が世界第一次大戦の勃発の契機となったオーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに対して戦争宣告をした日から110年目となる」という歴史的な日に心を奪われていた。
「戦争宣告」(1914年7月28日)は世界歴史上大きな出来事だった。一方、アメル神父の殉教はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)の仕業だ。次元こそ違うが、ISのアメル神父殺害テロは世界にイスラム過激テロの脅威を改めて明らかにした事件だった。コメントを送ってくださった読者はひょっとしたらカトリック信者かもしれない。礼拝中の神父が2人のテロリストに殺害されるということは考えられない行為だ。
事件を少し振り返る。2016年7月26日、サンテティエンヌ・デュルブレのSaint-Etienne-du-Rouvray教会で朝拝が行われていた。そこに2人のイスラム過激派テロリストが侵入し、アメル神父を含む5人を人質とするテロ事件が発生した。
2人のテロリストは教会の裏口から侵入すると、礼拝中の神父をひざまずかし、アラブ語で何かを喋った後、神父の首を切り、殺害した。教会には神父、2人の修道女、そして3人の礼拝参加者(信者)がいた。1人の修道女が逃げ、警察に通報したため、テロ対策の特殊部隊が1時間半後に教会に到着し、教会から出てきたテロリストを射殺した。ISのテロリストがカトリック教会の礼拝中を襲撃し、聖職者を殺害したのは欧州教会では初めてだった。それだけに、バチカン教皇庁だけではなく、欧州のカトリック信者たちにも大きな衝撃を与えた(「仏教会神父殺害テロ事件の衝撃」2016年7月28日参考)。
看過できない事実は、2人のテロリストは神父をナイフで首を切って殺害したことだ。拳銃で射殺できたはずだ。刃物で首を切る殺害は異教徒への憎しみがその根底にある。すなわち、イスラム過激派テロリストは神父の首を切って殺すことで、異教徒への憎悪を表現したと受け取るべきだろう。
当方は煽る気持ちはないが、パリの夏季五輪大会はイスラム過激派テロ組織からターゲットとなっていることは間違いないだろう。開会式の華やかなライトショーの背後に、テロリストが蠢いていると考えて当然だろう。その意味で,アメル神父の殺害テロ事件が起きた7月26日にパリ五輪大会が開幕されたということは単に偶然と受け取るのではなく、神からの警告と考えるべきかもしれない。
フランスは欧州では最もイスラム教徒が多い国だ。600万人から700万人と推定されている。同国では過去、何度かイスラム過激テロ事件が起きている。2015年1月7日に起きたイスラム過激派テロリストによる仏週刊紙「シャルリーエブド」本社とユダヤ系商店を襲撃したテロ事件を思い出す。また、パリでは2015年11月13日、同時多発テロが発生した。パリ北郊外の国立競技場スタッド・ド・フランスの外で3人の自爆犯による自爆テロが起き、続いてパリ市内北部のカフェやレストランで銃の乱射や爆弾テロが起きた。そして、パリ11区のコンサート中のバタクラン劇場に乱入したテロリストが銃撃と爆発を起こし、130人が死亡、300人以上が重軽傷を負う史上最大規模のテロ事件となった。
英国のキングス・カレッジ・ロンドン(KCL)で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は、「『イスラム国ホラサン州』(ISKP)は現在最も活発なテログループであり、その起源はアフガニスタンで、最も過激で暴力的なジハーディスト(イスラム聖戦主義者)武装集団だ。おそらく現在、西側諸国で大規模なテロ攻撃を実行できる唯一のIS分派だ」と説明している。ISKPにはアフガンやタジキスタン、ウズベキスタンなどからリクルートされたジハーディストたちが集まっている。ちなみに、パリ五輪大会では警察官、兵士たち7万5000人以上が警備のために動員されている。
世界の治安関係者はISらイスラム過激テロリストの動向に関する情報を交換しながら、その対策に余念がないだろう。ドイツで開催されたサッカー欧州選手権(2024年6月14~7月14日)は無事終わったばかりだ。パリ五輪大会も厳重な監視下で17日間、テロを完全に封鎖することを願う。アメル神父の死を決して無駄にしてはならない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。