イランのペゼシュキアン大統領は30日、首都テヘランにある議会で就任宣誓を行い、4年間の任期をスタートした。新大統領の就任式には約86か国の代表団とイラン政府高官が出席した。西側諸国の代表は参加していない。
イラン国営放送IRNA通信によると、ペゼシュキアン新大統領(69)は「イラン・イスラム共和国大統領の職務を遂行するために、自身の才能と資質のすべてを発揮する」、「イラン大統領としてイスラム教、イスラム共和国体制、憲法を維持する」と誓った。その後、議会で就任演説をした。
イランでは大統領は行政分野のトップに過ぎず、国の精神的最高指導者(国家元首)はハメネイ師だ。新大統領は28日、ハメネイ師と会見し、イラン第9代大統領の就任の認可を受け取ったばかりだ。
7月5日実施されたイラン大統領選挙の決選投票で改革派の元保健相のペゼシュキアン氏(69)が対抗候補者の保守強硬派ジャリリ最高安全保障元事務局長(58)を10ポイント余りの大差をつけて当選した。なお、大統領選はライシ大統領が5月19日、搭乗していたヘリコプターの墜落事故で死去したことを受け、急遽実施された。
新大統領は停滞する国民経済の活性化、国民生活を苦しめる急騰するインフレ対策、増加する失業者問題などに取り組む。一方、国内問題では言論の自由、インタ―ネットの規制緩和、女性のスカーフ着用義務の一部緩和などを実施する意向といわれるが、強硬派が反対していることもあって、実行できるか否かは不明だ。
ちなみに、2022年9月、22歳のクルド系イラン人のマーサー・アミニさんがイスラムの教えに基づいて正しくヒジャブを着用していなかったという理由で風紀警察に拘束され、刑務所で尋問を受けた後、病院で死去したことが報じられると、イラン全土で女性の権利などを要求した抗議デモが広がった。それに対し、治安部隊が動員され、強権でデモ参加者を鎮圧してきた。
新大統領はまた、西側諸国との関係改善にも力を入れ、核開発問題ではウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)との協力再開などを通じて、対イラン制裁の緩和を目指すものと受け取られている。新大統領は就任宣誓式で「西側諸国と緊張緩和に向けて話し合う用意があるが、それは相互尊重に基づくものでなければならない」と強調している。
注目されるイランの核問題では大きな進展は期待できない。IAEAの最新報告書によれば、核兵器用濃縮ウランを増産しているイランは近い将来、核兵器を製造し、世界で10番目の核兵器保有国に入るのはもはや時間の問題と見られている。イランはロシアと中国に傾斜し、米国や欧州の政治的圧力をかわしている。
中東政策でも大きな変化は考えられない。イラン当局はパレスチナ自治区ガザのハマス、レバノンのイスラム根本主義組織ヒズボラ、イエメンの反体制派民兵組織フーシ派へ武器、軍事支援をし、シリアの内戦時にはロシアと共にアサド政権を擁護するなど、多くの財源を軍事活動に投入してきた。新大統領の就任式にはハマス、ヒズボラ、フーシ派の代表が招かれた。
ところで、イラン新大統領の就任式に参加したハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が31日未明、空爆で殺害された。パレスチナのイスラム過激テロ組織「ハマス」は31日、ハニヤ氏がイランの首都テヘランで殺害されたと発表し、「裏切り者のシオニスト(イスラエル)の襲撃を受けた」と暗殺された可能性を明らかにし、報復を示唆した。ハニヤ氏の警備員も死亡した。なお、イスラエル側はハニヤ氏暗殺事件についてはこれまでのところ公式には何も語っていない。
IRNA通信によると、ペゼシュキアン大統領は30日、ハニヤ氏と会見し、パレスチナ人とその大義に対する揺るぎない支持を表明、「イスラエル占領に対するパレスチナ人の抵抗が最終的な勝利につながると確信している」と述べた。
一方、ハニヤ氏は、ペゼシュキアン氏がイラン有権者の信頼を確保したことに祝意を示し、パレスチナの権利に対する支持に感謝の意を表明した。ハニヤ氏はパレスチナ人の抵抗運動を世界覇権との戦いの最前線と位置づけ、イスラエル政権とその同盟国に対する抵抗戦線を支援するイランの戦略の重要性を強調したという。
大統領の就任式直後のハニヤ氏の暗殺事件は、ハマスを支援してきたイランにも大きな衝撃を与えている。ヒズボラのイスラエル占領地ゴラン高原へのロケット弾攻撃、それに対するイスラエル側の報復と、中東の情勢はエスカレートし、危険水域に入ってきた。
なお、イスラエル軍は30日、レバノンの首都ベイルート近郊にあるヒスボラの軍事拠点を空爆し、ヒズボラの軍事部門最高幹部を殺害したと発表した。ヒズボラのゴラン高原へのロケット弾攻撃で子供ら12人が犠牲となったことへの報復と受け取られている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。