営業1部部長 上席講師 和田垣 幸生
織田信長や豊臣秀吉といった戦国の名将は、自らの悲願を成し遂げるべく日々考え、行動していたからこそ歴史に名を残すに至りました。ただ、彼らの選択が常に正しかったとは言えません。
今回は、天下人の言動に倣う危険性について考察し、それを他山の石として、現代の組織マネジメントのあり方について考えていきます。
最前線で戦う信長の愚かさ
織田信長は若い頃、戦場の最前線に立つことが多い人物だったと伝えられています。直接指示を出すためなのか、あるいは危険な戦に自ら赴くことで配下の兵たちの士気を高めるためなのか、理由は分かりません。
いずれにせよ、信長自身が最前線に出て戦うことは、極めて愚かな行為と言わざるを得ません。なぜなら、組織のトップである信長が戦の開始後すぐに殺されてしまう可能性が高いからです。
戦いの序盤でトップが不在になると何が起きるでしょうか。トップが死んだ瞬間に勝敗が決まるのであれば戦の負けを意味しますし、死んだ瞬間に勝敗が決さないとしても、トップ不在のなかで、あらゆる意思決定は誰が行うのでしょうか。
事前に、トップが死んだ際の代わりの指揮官が決めてあったのかもしれません。ただし、ナンバー2以下がトップの立場になった瞬間から、意思決定を含めたトップの役割を即座に担うというのは非常に難易度が高いことです。
偉人の行いが全て正しいわけではない
あなたが「明日から社長だ」と言われて、社長が果たすべきことを全てこなせるでしょうか。
そもそも、何をすべきなのか、どういう考え方で判断を下せばよいかなど、即座に分かるものでしょうか。しかも、それを戦いの最中に行わねばならないのです。
もちろん、現代の日本で戦争が勃発することは考えにくいため、これをそのまま現代の教訓とすることは難しいでしょうが、ここで指摘したいのは、トップの役割は極めて重要であるということ、そして過去の偉人とされる人物のエピソードをすべて是として受け入れることは危険だということです。
「天下人だからすべての行いが正しかった。とにかく真似しよう」という考え方は誤りです。
偉人に関するエピソードを読む際には、前提となる環境が現代と異なる点が非常にたくさんあるということを頭に入れておきましょう。
あらゆる当たり前が違う可能性を考慮した上で、エピソードの内容を理解していく必要があります。
当時の平均寿命や気候、男性と女性の役割の認識、平均身長や体重、通信手段、その他諸々の前提の認識が誤っていると、当時と同じ効果は発揮できないことになります。
敵を見逃す秀吉
次は、豊臣秀吉のエピソードをご紹介します。
秀吉は、本能寺の変で信長を襲った明智光秀と、現在の大阪府と京都府の境付近を流れる円明寺川という川を挟んで対峙します。これが、いわゆる天王山の戦いです。
天王山の戦いの最中、秀吉は敵である明智軍が逃げられる道をつくりました。
もちろん、そこには狙いがあります。目の前の敵を倒すしかない状況であれば、明智軍は秀吉軍に向かっていくしかなく、全員の意識がそこに集中され、大きな力になっていたはずです。
しかし、苦しい戦いから逃げられるという選択肢が存在するとなると、人は迷います。戦いを続けるべきか、それとも逃げて体制を整えるか、両者を天秤にかけるわけです。
この戦術の効果は二つ考えられます。
一つ目は、単純に明智軍の一部の勢力が逃げることで敵が減ります。
二つ目は、仮に一人も逃げなかったとしても、相手の集中力を下げることができます。目の前の敵に向かう以外の選択肢を明智軍が認識したことによって判断のための時間が発生し、隙が生まれるわけです。
とはいっても、これも危険を伴う戦略です。敵が逃げたのであればその戦には勝てます。しかし、勝負はそれで完全に終わりなのでしょうか。もしかしたら、逃げた敵が後々はるかに強力な軍となって戦いを挑んでくるかもしれないのです。
これは、現代においても同じです。目の前の戦いで一度優位に立ったからと満足しているだけではいけません。1年後、3年後、5年後を考えたときに、逃がした敵は自社のビジネスの脅威になるかもしれないのです。そこまで考えた上で手を打つ必要があります。
過去の偉人のエピソードに触れる際の注意点
今回は天下人二人のエピソードについて触れました。過去の偉人のエピソードから学べることは非常に多いですが、すべて鵜呑みにしてしまうことはおすすめできません。この点には注意が必要です。
とはいえ、「環境が違いすぎるから、偉人の話を読んでも意味がない」と切り捨ててしまうこともまたもったいないことです。
あらゆる環境が完全に一致することなどありえません。環境が完全に一致していないとしても、参考になることはあります。
偉人のエピソードに触れる際は、それが現代においても通用するものなのかをまず検討しましょう。環境の構成要素は無数なので、これは、とにかく考えるしかありません。
一つの有効な方法はさまざまな人の意見を聞くことです。立場、経験によって物事の捉え方、考え方は異なります。
立場が違うということは負っている責任が異なるということです。
社長がやるべきことが、一従業員の立場からは避けた方がよいと見えることもあります。それも踏まえた上で、一情報として扱い、最後は当事者が決断するという点だけ忘れないようにしてください。
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和田垣 幸生
横浜国立大学経済学部を卒業後、システム開発の会社でエンジニアとしてキャリアをスタート。その後コンサルティング会社、人材紹介の会社を経て、識学に入社。 2016年に営業部門の課長に就任し、2017年1月には品質管理部門の立ち上げを担当。 同年の春に部長に就任。以降、マーケティング、インサイドセールス、プラットフォームサービス開発などの責任者を経て、2020年の3月からは再び営業部門へ。 現在、営業1部の部長、上席講師として活動。