戦争が遂にロシア領土内まで広がった:プーチン大統領には想定外の事態

イギリスとフランス両国は自国の巡航ミサイル「ストームシャドウ」と「スカルプ」をウクライナに供与済みだが、ドイツは長距離巡航ミサイル「タウルス」の供与問題でキーウ側の重なる要請にもかかわらず拒否し続けてきた。

ショルツ独首相は、「タウルスは射程距離500キロだ。ウクライナ領土を超えてロシア領土まで飛行した場合、ロシア側の反発が予想される」として、対ウクライナ武器支援では常に「ウクライナ戦争をこれ以上エスカレートさせない」というレッドラインを堅持しなければならないと説明してきた。

国民に語り掛けるゼレンスキー大統領(2024年8月9日、ウクライナ大統領府公式サイドから)

ところで、ウクライナ軍は6日から国境を接するロシア西部クルスク州に進軍中だ。アメリカに拠点を置くシンクタンク「戦争研究所」(ISW)によると、ウクライナ部隊が9日段階でロシア国境から「最大35キロメートルの地点まで」進攻したと発表した。すなわち、戦争はロシア領土内に拡大してきているわけだ。

ゼレンスキー大統領は8日夜の演説で、「ウクライナはロシア軍の侵攻に直面し、ロシアとの戦争を強いられてきた。国民は戦争の悲惨さを体験している。ロシアがウクライナに戦争をもたらしたのだから、今度はロシア側が『自分たちが何をしたか』を感じるべきだ」と述べている。戦争はもはやウクライナ領土内だけではなく、ロシア領土まで広がってきたわけだ。

プーチン大統領は2022年2月、「特別軍事作戦」と表明してウクライナに侵攻したが、戦争とは呼ばなかった。だが、ウクライナ軍の攻勢を受け、状況はロシアとウクライナ間の戦争の様相を深めてきた。プーチン氏はウクライナ軍のクルスク進攻に驚かされているわけだ。

ロシア軍はクルスク地域へのウクライナ軍の進撃を阻止できず、軍の強化のために追加の部隊を派遣せざるを得なくなっている。ロシア国防省は9日、ロケット砲、砲兵、戦車、重トラックを装備した部隊をクルスクに派遣すると発表した。ロシアの発表によると、部隊はウクライナ軍の攻撃を引き続き阻止しているというが、ロシアとウクライナ両軍の軍事情報は錯綜し、確認できない。

ロシアのクルチャトフ市では、クルスク原子力発電所の近くで停電が発生した。変電所がウクライナのドローンの破片により被弾したという。クルスク地域では、ウクライナ部隊が数日間にわたり攻勢を続けている。モスクワの情報によると、最大千人のウクライナ兵と20台以上の戦車や装甲車両が参戦。ロシア保健省によれば、この攻勢で66人の民間人が負傷した。

ロシアのメディアによると、首都モスクワ南方リペツク州の空軍基地にウクライナ軍の大規模なドローン攻撃があった。リペツク州はクルスク州に隣接。モスクワまでも約400キロと比較的近い。空軍基地はウクライナ空爆の拠点の一つだ。イーゴリ・アルタモノフ知事は、リペツク市の郊外にある4つの集落に対して避難命令を出した。

クルスク州当局は7日、非常事態を宣言した。プーチン大統領は同日の政府会議の中で、ウクライナのゼレンスキー政権による大規模な挑発だと非難し、軍・治安機関幹部と緊急会合を開催している。

ウクライナ軍のクルスクへの進撃について、①和平交渉で有利な立場を得るためにロシア領土を占領することを目的としたもの、②ロシアが自国領土を防衛するためにウクライナの他の地域から部隊を引き抜かざるを得なくすることで、ドンバスなどでウクライナ防衛側の状況が改善するためだ。

また、クルスク原子力発電所を占領し、ロシア軍が占領しているウクライナのザポリージャ原子力発電所と交換するという考えもあるが、クルスク原子力発電所は国境から約80キロメートル奥に位置しており、ウクライナ軍はさらにロシア領内深くまで進む必要があるから、非現実的だ。なお、ロシア国家親衛隊は同原発の警備を強化したという。

いずれにしても、ウクライナ軍のクルスク進攻は、プーチン大統領とその軍事指導部にとって想定外だったろう。戦闘は今やロシアの領土で行われており、滑空爆弾、砲弾、ミサイルがロシアの村々に落ちている。もはや「特別軍事作戦」では国民を納得させることが出来ない。プーチン大統領はこの屈辱を拭い去るためにあらゆる手段を講じるだろう。

なお、インスブルック大学の政治学者でロシア問題専門家のマンゴット教授は9日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューに応じ、「ウクライナ軍が進攻したクルスクを長期間、占領できるとは思わない。なぜならば、ロシア軍がクルスクに大規模な軍を派遣するからだ」とみている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。