ガザ紛争勃発から10カ月が過ぎた:勝利者がいない荒廃した風景

パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム過激テロ組織「ハマス」が昨年10月7日、イスラエル領に侵入し、約1200人のユダヤ人を殺害し、多くのイスラエル人を人質とした奇襲テロ事件が発生して今月7日で10カ月が経過した。イスラエルは「ハマス」の奇襲テロに報復、ガザ区で軍事攻撃を開始した。ハマスが管理するガザ保健局によると、過去10カ月余りでイスラエルの軍事攻勢で4万人以上のパレスチナ人が犠牲となったという。一日平均130人が亡くなっている。負傷者の数は9万2400人以上だ。ただし、これらの数字はあくまでもハマス側が提供したものであり、ハマス戦士とパレスチナ人の民間人の犠牲数が入り混ざっているだけに注意して受け取らなければならないだろう。パレスチナ側によると、犠牲者の多くは女性や子供たちだ。

ネタニヤフ首相、ユダヤ・サマリア評議会議長らと会談(2024年8月8日、イスラエル首相府公式サイトから)

この結果というか、イスラエル側とパレスチナ人側の犠牲者数の不均衡ゆえにというべきか、国際社会や多くのメディアはイスラエル側への批判に傾いている。長崎市で今月9日、平和祈念式典が開催されたが、長崎市の鈴木史郎市長がイスラエルを式典に招待しなかったということで国際問題にまでなったばかりだ。鈴木市長は「政治的理由はない」と弁明したが、イスラエルのパレスチナへの軍事攻撃への批判があったはずだ。

このコラム欄でも数回、指摘したが、今回の通称ガザ戦争はハマスが開始したものであり、その責任はハマス側にあることは議論の余地はない。イスラエルが1948年、パレスチナ人が住んでいた領土に入ってきて建国し、パレスチナ人は追放されて難民となった。その原因はイスラエル側にあることからパレスチナ側のイスラエルへの攻撃は正当な権利だという論理も聞くが、それではユダヤ民族が建国する前、アラブ諸国で難民として生活し、そこから追われたという歴史的事実がある。誰がユダヤ人を難民とし、追放したのか。それ故に、ここではハマスの奇襲テロが契機となって始まったガザ紛争に制限して考えるべきだろう。

その視点からいえば、ハマスがガザ紛争を始めたのだ。そしてイスラエル軍の報復攻撃に対し、ハマスはパレスチナ人の女性、子供たちを盾にして戦闘をしてきた。学校や病院の地下にトンネルをつくり、イスラエル側にミサイルを発射してきたのはハマスだ。だから、本来、パレスチナ人が「ハマスよ、テロを止めろ」と警告すればいいのだが、現実は多くのパレスチナ人はハマスを支援する。その結果、イスラエルとの戦闘で多くのパレスチナ人が犠牲となってきたのだ。

イスラエル側の軍事攻撃が全て正しいと思わないが、戦闘の直接の理由はハマスがもたらしたものだ。その点を忘れてはならない。イスラエル側の圧倒的な軍事攻撃の前に逃げるパレスチナ人の姿をテレビなどで見続けていると、悪いのはイスラエルだとなってしまう。繰り返すが、ハマスが奇襲テロをしなければ、4万人のパレスチナ人は犠牲とならずに済んだはずだ。

さて、カタールでガザ紛争の停戦に向けた新たな停戦交渉が再開した。多くのウオッチャーは今回の停戦交渉は中東の行方を大きく左右する重要な交渉となる、という点で一致している。停戦と人質と捕虜の交換が現在ドーハで交渉されているからだ。

交渉テーブルには、ウィリアム・バーンズCIA長官、カタールのムハンマド・ビン・アブドゥルラフマン・アル=サーニ首相、エジプトの情報長官アッバス・カメル氏が参加している。イスラエルの代表は、対外特務機関モサド長官のデビッド・バルネア氏だ。ハマスは交渉には直接参加していないという。ただし、交渉の内容については常にハマス側に通達されるという。仲介者は米国、エジプト、カタールだ。

なお、ハマスを軍事支援するイランは、7月末にテヘランでハマスの指導者イスマイル・ハニヤ氏が殺害されて以来、イスラエルへの報復攻撃を宣言してきたが、ここにきてカタールでの停戦交渉でガザ紛争の停戦が決定すれば、イスラエルへの報復攻撃を中止する意向があることを示唆してきている。

イラン側の本音は、イスラエルとの軍事衝突をできれば回避したいのだ。それにはアラブ諸国が納得できる理由が必要だ。その意味で、ガタールでの停戦交渉でガザ紛争の停戦が決まれば、イラン側はイスラエルへの報復攻撃を中止できる。イランとしてもメンツがたつわけだ。

それだけではない。カタールの停戦交渉が成功すれば、イランばかりか、バイデン米政権にとっても大きな成果だ。11月の米大統領選でもバイデン現政権の外交上のビッグポイントとなり、米民主党が選挙戦で有利となる。

ガザ戦闘は8月7日で10ヵ月が過ぎた。イスラエル側とパレスチナ側に多くの犠牲者が出た。そしてガザでは住居、学校、病院が破壊された。戦闘は紛争双方に多くの悲劇をもたらし、忘れることが出来ない痛みを残した。勝利者はいない。敗者だけだ。ガザの荒廃した風景から目を逸らすべきではない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。