東京電力福島第一原子力発電所の事故は、想定を超えた地震・津波により引き起こされた長時間の全交流電源の喪失という厳しい状況下で炉心溶融に至ったものです。
それでも本来事故以前から過酷事故対策として整備してきていた耐圧強化ベント等の設備や日本独自の手順が、導入段階からきちんと実証により機能確認されてきていて、事故時に本来の導入目的通りの性能を発揮できていれば、もっと救われた部分があったと個人的には考えています。
福島第一原子力発電所1号炉が炉心損傷に至った原因については、電源の喪失などにより炉心冷却系の作動状況を正しく把握できず、適切な対処ができなかったことが主な原因であるという点については、大方の意見が一致するところと思います。
一方、2号炉3号炉が数日にわたり炉心の冷却を続けていたにもかかわらず、炉心損傷に至った原因については未解明とされている部分が残されています。
2号炉、3号炉どちらのプラントも同じように原子炉を減圧し低圧の炉心注水系に切り替える際に失敗し、どちらも同じように炉心の冷却を続けることが出来ずに炉心損傷に至っています。
2号炉3号炉は、共にどうして原子炉の冷却を続けることができなかったのでしょうか?
原子炉の減圧フェーズから低圧の注水冷却フェーズに受け渡すことにどうして失敗したのでしょうか?
この点に関して東京電力や規制委員会などの事故調査では、原子炉の減圧に用いる主蒸気逃がし安全弁の制御電源の喪失や、弁の駆動用窒素の圧力不足のため原子炉の減圧に手間取ったことがその原因のひとつとされて、それ以上は未解明とされています。
しかし、原子炉を減圧してゆく過程について重要な物理現象とその現象に関しての解析上の取り扱いにおいて本質的な見落としがあり、日本独自に開発してきている事故対処方法では低圧の注水ポンプに致命的な性能不足の可能性が残されたままとなっていることに気が付きました。
将来のBWRの安全のためにこの場で指摘するとともに、原子炉を試験使用承認する前に実証的機能確認を行うことを原子力規制委員会に強く要望します。
1. 物理現象(吹き出し蒸気の流動様式の変化)
原子炉の圧力を急速に下げる時には、主蒸気逃がし安全弁を開放して炉内の蒸気を放出することによって原子炉の圧力を下げていきます。この際、炉内の圧力が高いときは吹き出す蒸気流れは流路面積が最も狭くなる弁の内部で音速に達しており「臨界流」と呼ばれます。
物理現象として臨界流である時には、下流側(格納容器側)の低い圧力の影響は上流側(原子炉側)に伝播しないので、上流側にあたる炉内の圧力だけに比例して吹き出し流量が決まります。下流側にあたる格納容器の圧力が上昇していない通常運転時には、原子炉の圧力範囲の大部分を臨界流として扱っていて問題ない範囲です。
一方長時間の電源喪失などにより格納容器側にエネルギーが蓄積して、格納容器の圧力が高くなっている状態で原子炉の減圧を行うと、原子炉の圧力(絶対圧)が格納容器の圧力(絶対圧の1.85(=1/0.54)倍程度以下となるポイントで吹き出し流れの速度が音速を下回り亜音速流に変化します。
吹き出し流れが亜音速となると、下流側の圧力の影響が上流側に伝播するようになり、原子炉内で蒸気の減圧・膨張が起きるため吹き出し流量(質量流量)が急激に低下します。
つまり格納容器圧力が高くなってから原子炉の減圧を行うと、必然的な物理現象として原子炉の圧力が低下して行く途中で、吹き出し蒸気の流動様式が切り替わり減圧速度が急激に低下するポイントを通過することとなります。
流動様式が変化するポイント以下の圧力範囲では、臨界流ではなく亜音速流を前提とした低い吹き出し流量を用いて計算する必要があります。
格納容器圧力が低い通常状態と同じつもりで全ての圧力範囲を臨界流として計算していると、格納容器圧力が高く原子炉圧力が低い場合には実現象を超えた過大な吹き出し流量を見積もっていることとなります。計算の上ではスムースに原子炉の減圧ができると考えていても、実際には流動様式の変化によって原子炉の減圧が思うように進まないという事態に陥ります。
2. MAAPコードを過信していてはいけない
設計や安全審査において、圧力容器と格納容器双方のエネルギーや物質の移行状況から各々の圧力や温度の変化を解析する場合には、MAAP(Modular Accident Analysis Program)コードを多用しています。
公開されている安全審査時の説明資料によると、このコードでは主蒸気逃がし安全弁を経由して格納容器側に流出する蒸気の流量を、設計値に基づき臨界流として原子炉の圧力に比例した質量流量を計算して解析しています。
しかし上述したように、主蒸気逃がし安全弁の下流側にあたる格納容器の圧力が高くなり原子炉の圧力に近づくと、計算の前提としている臨界流モデルそのものが本来適用できなくなります。
水蒸気の場合、流動様式が切り替わるポイントは水蒸気の比熱比から導出される「臨界圧力比」によって算出できます。水蒸気(比熱比 1.33)の場合の臨界圧力比は0.54となります。この臨界圧力比を元に、大気圧を0.1013MPaとして日本の事故対処手順で考えられる最も高い格納容器圧力0.854MPa [gage]に対応して流動様式が変化する上流側(原子炉がわ)の圧力を求めると下の式のようになります。
(0.854+0.1013)/ 0.54 – 0.1013 = 1.668 MPa[gage]
つまり原子炉圧力が1.668MPa[gage]付近よりも低い領域で亜音速流に変化し、原子炉の減圧速度が急速に低下し炉圧が下がりにくくなります。
この亜音速流の領域で臨界流を前提とした吹き出し流量を見積もっていると過大なものとなってしまいますので、解析の上ではスムースに減圧できると思っていても、実現象では原子炉の減圧が思うように進まない事態となります。
特に原子炉の崩壊熱が大きい時には、流動様式が変化した途端、急激に低下した吹き出し流量と崩壊熱によって蒸発してくる蒸気量が均衡してしまいますので、開放弁数を追加しても均衡している圧力以下には原子炉の圧力が下がらなくなります。こうなると原子炉の圧力は低下しないまま原子炉の水位はどんどん下がる一方で低圧の注水系では注水ができない時間が続くという袋小路に入ってしまいます。
3. 低圧注水系に求められる能力と実証による機能確認
上述のように、高い格納容器圧力下で原子炉を減圧して行く過程の途中には、物理現象として原子炉の減圧速度が緩慢となる切り替わりポイントがありますので、低圧の注水系は、吹き出し蒸気流れが亜音速流となり崩壊熱により湧き出てくる蒸気流量とバランスしてしまう前に所定の注水流量(崩壊熱相当の注水流量)が出せるような性能が必要です。
プラント毎に値は異なりますが、日本が独自に開発して来ている事故対処手順では格納容器圧力を0.620~0.854MPa [gage]程度まで上昇させる可能性がありますので、低圧注水系はそれに応じて1.233~1.668MPa [gage]程度の原子炉圧力で崩壊熱相当の注水流量が出せる性能を有している必要があります。
このように用意している低圧注水設備が所定の性能を発揮できる範囲が、流動様式の変化するポイントをカバーできているかを実際に確認しておく必要があります。
確認は、原子炉を起動しなくとも原子炉内の水を再循環させるポンプを連続して運転することで、ポンプからの入熱によって原子炉の水温上昇、昇圧が可能ですので、そこから主蒸気逃がし安全弁作動時の原子炉圧力の低下カーブを採取することで可能です。
採取したカーブ上で流動様式が変化する原子炉圧力と格納容器圧力との関係を把握した上で、現有の低圧注水系でカバーできる範囲に収まっているかを原子炉起動前に実物により確認しておく必要があります。
このまま事故の核心ともいえる重要な機能の実証的確認を行わず、解析コードやそれに基づく許可処分を過信し続けていると2号炉3号炉の失敗を繰り返すこととなります。
日本のBWRが、将来にわたってエネルギー供給の柱の一つとしての役割を担い、国民の信頼を得てゆくためには、このような実証的プロセスを踏んで技術を積み重ねてゆく着実な歩みが必要です。
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井伊 厳四郎
電力会社に30年以上勤務。原子力発電所の運転、保守、改造工事、プラント設計に従事。原子炉主任技術者資格保有。