「気候変動と精神疾患」の不気味な関係 

オーストリア精神医学・精神療法・心身医学会(OGPP)は21日、気候変動が健康システム、特に精神的健康にとってますます大きな課題となっていると発表した。新しい科学的データによると、気温が1度上昇するごとに精神疾患のリスクが0.9%増加する可能性があるという。また、暑さにより攻撃性が増加することも実証されている。オーストリア日刊紙スタンダート電子版が同日、報じた。

フランス作家アルベール・カミュ Wikipediaより

発表内容によると、気候変動は環境だけでなく、身体的および精神的健康にも直接的な脅威をもたらす。現在観測されている極端な気象現象は、うつ病、不安障害、トラウマ後遺障害などの精神疾患の増加と関連しており、気温の上昇とともに自殺者数も増加している。

最近の科学的データは、気温の上昇が精神科治療の需要を高めることを裏付けているわけだ。熱波は精神疾患による病院入院を最大10%増加させ、医療システムにさらなる負担をかけているというのだ。

OGPPの会長であるマーティン・アイグナー氏とクリスティアン・コーベル氏は、「精神疾患を持つ人々は特に脆弱なグループであり、したがって気候変動の影響を強く受けやすい。このことは、将来の精神科ケアの計画や開発において考慮されるべきだ。我々には、特に精神的健康を保護するための対策を含む熱波対策計画が必要だ」と強調した。

この記事を読んでフランスのアルベール・カミュの小説「異邦人」の主人公ムルソーの殺人事件を思い出した。彼は自身の犯行動機について「暑さや太陽の影響によって引き起こされた」と暗示しているのだ。オーストリア精神医学・精神療法・心身医学会(OGPP)が指摘した「気温の上昇が精神的健康に悪影響を及ぼし、攻撃性を増加させる」という研究結果と一致するのだ。

アルベール・カミュ(1913~1960年)の小説「異邦人」は、20世紀の文学において極めて重要な作品であり、実存主義や不条理主義の代表的な作品とされている。この小説は、主人公ムルソーの非情で冷淡な態度や、社会の慣習や道徳に対する無関心さを通じて、人生の不条理と人間の孤独を描き出している、と評されてきた。

ところで、ムルソーがアラブ人を殺害した動機を説明する場面は、非常に象徴的だ。彼は、自分の行動に合理的な理由を見出そうとせず、外部の環境や偶然の出来事に動機を求める。これは、カミュが「不条理」という概念を探求する上での重要な要素であり、人間が世界の中で感じる疎外感や孤独感を象徴しているといわれる。

ムルソーは犯行動機について質問された際、「太陽のせいだ」と言ったわけではないが、彼が太陽の影響を受けてアラブ人を撃ったことが強調されている。科学的データは、暑さが攻撃性を増加させることを示しているが、このメカニズムはムルソーの行動にも反映されている。彼が太陽の強烈な光の下で殺人を犯す場面は、暑さによって感覚が鈍くなり、正常な判断力を失った結果として解釈できる。

ムルソーは、アラブ人を撃つ前に、太陽が彼の額に汗をにじませ、目を痛めつけ、耐え難い暑さと眩しさの中で感覚が麻痺していく様子を語っている。そして、彼は引き金を引く衝動を説明する際に、太陽の照りつけが決定的な役割を果たしたことを示しているのだ。

気温の上昇が精神疾患のリスクを高め、攻撃性を増加させる可能性があるというOGPPの科学的データは、ムルソーの行動の背景にある心理的メカニズムを現実の文脈で裏付けている。極端な暑さが精神状態に与える影響について、カミュの文学的描写と現代の医学的研究は共通の見解を示しているわけだ。

「異邦人」における太陽は、ムルソーにとって外的な圧力や疎外感の象徴であるが、同時に現実の気温上昇による精神的圧迫とも解釈できる。太陽が彼の理性を奪い、感情を麻痺させたように、現代の科学は極端な暑さが理性を超える攻撃性を誘発することを実証してきているのだ。

ムルソーだけではない。欧州では理由なき殺人事件や殺傷事件が増えてきている。路上で突然ナイフを振り回し、多くの人々を襲撃するという事件がドイツでもオーストリアでも起きている。ウィーン市10区当局は外出時のナイフ携帯禁止を決定している。異常気象は無数のムルソーを生み出してきている。気候変動と「精神疾患と犯罪の増加」は不気味な関係を見せてきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。