パキスタン南西部のバローチスタン州に再び世界の注目が集まっている。26日、バローチスタンの道路で複数の車両が武装集団に襲撃され少なくとも23人が死亡したと伝えられたのだ。「バローチスタン解放軍」を名乗る武装勢力が犯行声明を出した。日本のメディアも広くこの事件を報じたものの、その背景について詳しく触れることはなかった。
バローチスタンとは、いわゆる”スタン国家”の国名と同じくバローチ人の土地を意味する。英領インド時代、現在のバローチスタン州の領域の一部には、半独立のカラート王国が存在した。1947年の印パ分離独立の際、自立を志向するもパキスタンに力づくで編入させられたという経緯がある。その後、カラート王国やその周辺地域などを合併してできた同州は民族問題もあり、長らく最貧困地域として放置されてきた。
パキスタン政府は、バローチ人に対して陰に陽に暴力を行使してきた。一つは軍隊や警察による公の暴力行使だ。今年6月からは、「安定への決意」と銘打った軍事作戦を実施。多数のバローチ人が犠牲となっていたことから、バローチ系メディアは「ジェノサイド」と非難の論陣を張っている。
また、バローチスタンでは、住民の誘拐が日常茶飯事である。こうした誘拐事案の多くに、パキスタンの情報機関が雇った死の部隊が関与していると疑われている。独立運動や政治運動に関わっていない人々も標的になり、バローチコミュニティ全体に恐怖を与える目的がある。
パキスタンと言えば、ビンラディンを匿っていたように、イスラム過激派を手駒とするテロ支援国家としての顔もある。今年2月の選挙中にバローチ人を狙った爆弾テロなど少数派を狙うテロ攻撃は枚挙にいとまがない。
こうしたなかで、今回の攻撃は単発の暴発的なものではなく、武装勢力側もまた、当局に対抗する作戦を実施していたのである。武装勢力側は、一連の行動で、130人以上の軍属を殺害したと主張している。
近年、豊富な鉱物資源に注目が集まるようになると、パキスタンが「古い友人」とする同盟国・中国が進出を開始。中国が一帯一路を掲げると、進出はさらに活発になった。
中国は他の地域同様、労働者や技師を本国から連れてくる上、鉱山収入の半分以上を確保する場合もあり地元の怨嗟の的となっていった。2019年に現地を訪問した際、地元住民は中国について「全てを占領しようとする」と話していた。さらに、パキスタン側の取り分も中央政府がほぼ確保するため、バローチスタンはいわば二重の搾取を受ける形になっている。
当局によれば、今回、殺害された人の多くがパンジャブ人とされている。パンジャブは首都イスラマバードや大都市ラホールを擁する州で、その出身者がパキスタンの政治経済を牛耳っていると他地域から非難されている。前述の二重搾取を受けるバローチ人にとって、パンジャブ人は中国の代官とも言える存在だ。それゆえ、武装勢力はパンジャブ人を狙ったと推測される。
以前、現地取材で知り合ったバローチ人によれば、地元の人たちは今回の攻撃を支持しているようだ。一方でただの労働者など無実の人間を殺害したことは非難した。
今回の攻撃然り、武装勢力は道路上で車両を待ち伏せするという手法を好む。今回の攻撃を含む一連の武装勢力の作戦では、主要な幹線道路が標的となっている。
攻撃が行われたとする地点はほぼ、「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」を構成する道路と一致する。CPECは、中国が一帯一路の中でも特に重要な経路とするものだ。武装勢力はこのCPECを攻撃し、いわば一帯一路を”通行止め”を常態化させることで中国支配の動揺と地元住民の支持を狙っているのである。
成長減速が囁かれ久しい中国は今後、ますます一帯一路の参加国から多くを搾り取ろうとするだろう。今回の攻撃含め一連の事件で一番頭を抱えているのは、実のところ北京なのかもしれない。