某党の党首選でも「政策論争」の必要が言われる昨今ですが、先月は国立民族学博物館が発行する『月刊みんぱく』8月号の「客家特集」にて、巻頭言を執筆させていただきました。客家のよみは「はっか」で、いわば漢民族内のマイノリティ。独自の生活様式や、食文化で知られます。
9/5から始まる、特別展「客家と日本」とのタイアップ企画。次の号が刊行されましたので、民博の許可をいただいて、拙稿の全文を掲載し、少しオマケです。
客家の暮らしが日本を癒す?
日本に必要なのは「円楼」だと、わりと本気で思っている。
7年前、勤めていた地方の大学を辞めて、東京で部屋を探した。驚いたのは2~3階建てのシングル向けアパートでも、築浅なら完全オートロックの物件が多いこと。建物全体が閉じられた立方体の形状で、壁面の入口扉はパスコードでしか開かない。つまり、誰でも入れるエントランスの部分がない。
「タワマン」を象徴する六本木ヒルズレジデンスの竣工は2003年。続く数年間、格差社会への批判とも相まって「ゲーテッド・シティ」の当否が論じられた季節が懐かしい。いつの間にかゲーテッド(城門を閉ざす)された空間に籠る暮らしは、特に富裕層ではない都市部の単身者にもあたり前になっていた。
ややこしいことに、外見からそうした物件かなと思い表札を見ると、実は個人の家という例も多い。元々あった自邸を建て替えたのかなと思うけど、軒先がなくなり外壁でご近所と隔離される点は、ゲーテッド・アパートと変わらない。
そんな感じが「客家が暮らす円楼みたいだ」と、ふと思った。正確には、形を考えると方形土楼だろうけど。
菊池秀明『越境の中国史』(講談社選書メチエ)によると、華南における客家は移住民として後発だったため、危険な辺境に追いやられ迫害された。だからこそ外敵に抗して結束するために、3階分はある高い壁で包まれた住居に集団で住んだわけだ。
つまり周囲と隔絶した城塞でも、内部の住民どうしでは相互扶助のコミュニティがあった。装いの似た東京のオートロック物件には、それがない。家族で一棟を買い切るお金持ちの私邸にしても、分厚い壁でお隣とのつきあいが絶たれた姿はどこか、寂しそうだ。
だからぼくはいま「円楼」があればなと、強く思う。
茂木計一郎・片山和俊『客家民居の世界』(風土社)が描くように、ドーナツ状の円楼の中庭は、井戸や厩舎のある交流スペースだった。炊事洗濯をしながら、声をかけあい談笑する。そうした日常の実践があってこそ、いざ「籠城」となった時も協力できる。
いまの日本のゲーテッド・コミュニティは、城壁の内側にすら信頼がない。先日の新型コロナウイルス禍でも、タワマンの住民どうしが「感染者が住んでいないか」を疑いあう話題ばかりを耳にした。
孤独が広がる社会で必要なのは、血縁以外の同族意識でつながる「客家」かもしれない。そんなことをずっと、東京に来てから考えている。
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なんでか知らないけど客家って私、昔から好きで……。病気で入院とデイケアを体験してからは、ますます「円楼」への偏愛が強くなりました。もちろん親族に限られてのことだけど、アジールないしコミューン感みたいなもの、感じません?
なのでその頃、台湾のメーカーが『客家円楼』というボードゲームを出していたのは、結構気になってました(中華民国では、客家は「四大族群」のひとつをなす民族カテゴリー)。一部、欠陥あり要交換の製品があるとの情報に臆して、買うのは見合わせちゃったのですが……。
家族祭祀と集団生活の雰囲気がある! レアなゲームは初出で買わないと再版されないので、失敗したかな(涙/ヘッダー写真も上記ブログより)。
2011年の『中国化する日本』の頃からずっと書いていますが、日本って伝統的に(正確には江戸時代から)「小家族・小経営」の社会で、隣近所どうしでの競いあいが結果的に、近代に工業化する局面でも貢献しました。
ところがその果てにたどり着いたのが、狭い国内で「そこまで見栄を張りあう意味ってあります?」な過当で無意味な競争(日本のナチュラル・ネオリベ)であり、もう小家族ですらダルいから生きるも死ぬもひとりでいいっすという「ソロ経営」の社会だったんですなぁ。
長いこと格差社会とか、孤立・無縁社会のように騒がれてきたのは、要は「小家族という単位でのケアを前提にした福祉の限界」のことなので、これから必要になるのは、なんらかの大家族的なモデルーーただし文字どおりの血縁ではなく、悪い意味での家父長制に陥らない居住のあり方だと、ずっと思ってるんですよね。
そのヒントとして、今回は客家の集合生活を採り上げました。「似た暮らし方なら、他にもこんなんあるで!」といったアドバイスも、随時募集中です。よければどうぞ、よろしくお願いします!
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2024年9月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。