私はSNSを主に情報収集の目的で使っており(ニュースを見て思ったことをXで呟いてもいるが)、情報整理を効率的に進めるための工夫もしている。
SNSは誤情報も多いが、既存のメディアでは取れない情報を得るツールとしてのメリットも大きい。だが私の意図に反して興味のない話題でタイムラインが埋め尽くされることを完全に防げないのは、頭痛の種である。9月7日の夜から朝にかけては、小泉進次郎氏とフリージャーナリストの田中龍作氏の間の「知的レベル」をめぐるやり取りを沢山見なければならなかった。
ジャーナリストの方々には、公益にそった意味のある質問をしてほしいと思う。だが最近はジャーナリストもSNS上で、政治的立ち位置の表明や、情緒的な感情表明に余念がなく、真実を探求して伝える、というジャーナリストの社会的使命を生きがいにしている様子の方々が減ってきたように見える。ジャーナリストも生き残りが大変だということではあるのだろう。少子高齢化で国力を疲弊させている日本の現実ではある。
同じ7日の朝、アメリカの様子を伝えるニュースの中では、トランプ大統領候補の「制裁」をめぐる発言が、広く駆け巡っていた。非常に重要な内容だった。
これはジャーナリストというよりも、経済問題に詳しい識者とのやり取りの中で、トランプ氏が行った発言だ。それにしても広い意味での候補者とメディアの質疑応答の中で生まれたやり取りだ。アメリカの大統領選挙の悪口も多々あるが、こうしたやり取りを引き出す工夫がなされているのは、まだ良いところだろう。
Sullivan & Cromwell LLPのH. Rodgin Cohen氏と思われる人物によるアメリカの制裁プログラムに関する質問に答えて、トランプ氏は次のように答えた。
(かつて)私は制裁を多用したが、素早く導入し、素早く解除した。なぜなら、そうしないと、ドルを殺し、ドルが代表する全てを殺してしまうからだ。
ドルを世界通貨のままにしておくべきだ。もしわれわれが世界通貨としてのドルを失ってしまったら(lost)、それは戦争に負ける(lose)のと同じだ。そんなことになったら、われわれは第三世界の国になってしまう。そんなことを起こらせてはいけない。だから私は、それに見合う諸国に対して、制裁を力強く使う。そして解除する。見てください。あなたたちはイランを失っている。ロシアを失っている。そこで中国は、自分たちの通貨を支配的にしようとしている。あなたもよく知っている通り、これが今起こっていることだ。・・・
もしわれわれが通貨を失ってしまったら、それはわれわれが二度と取り返せないものを失ったということだ。もしわれわれが賢明なら、われわれは通貨を維持する。だが奴ら(バイデン政権のこと?)は使い過ぎだ。そして忘れてしまっている。
ロシアのような国々は、彼らのやり方でやり始めて、もうわれわれを必要としないことを自慢し始めている。ロシアについて悲しいのは、私が大統領だったら、ウクライナの戦争は起こらなかった、ということだ。つまり制裁についても語らなくてよかったはずなのだ。
トランプ発言を伝えた人々の多数が、「トランプ氏が自分が当選したら対ロシア制裁を解除」と伝えた。厳密には、トランプ氏は、そのようには宣言していない。
トランプ氏は、明白に、バイデン政権の過度の制裁プログラムに批判的である。自分が大統領になったら、制裁は最小限にしか導入しない、と述べている。関税政策と組み合わせる、とも述べている。自分が大統領だったら戦争は起こらなかった、だから対ロシア制裁も必要なかった、と述べている。したがって、自分が再選したら、その状態に引き戻したい、という含意を表明している。
ただ、実際には、凄惨な戦争は起こってしまっている。制裁も導入されてしまっている。どうやったら、そこから自分が期待する状態にまで持っていけるのか。トランプ氏も、そこははっきりとは述べていない。簡単には言えないからだろう。
恐らくは、戦争の早期終結と組み合わせて、対ロシア制裁プログラムを、なるべく早く終了させたい、それによってドル防衛につなげたい、ということだろう。
トランプ氏の発言には、ドルを見限ったロシアは、もう戻っては来ないだろう、というニュアンスもある。失ってしまったものは、簡単には取り戻せない。
私自身は、色々なところで触れ続けているが、38もの金融制裁を、ある一カ国が単独で導入する、というのは、すごいことである。
Sanctions Programs and Country Information
トランプ氏が述べているように、それはドルが世界で特別な通貨だから初めて実施できることであるが、それは永久不変ではない。過剰に頼り過ぎればドルの特別性が崩れる。
日本では、アメリカが持つ金融制裁と軍事支援の無限の力を信じ切ったまま、「親宇派」が「親露派」との間で、言い争いをしている光景がおなじみだ。
だがトランプ氏の発言からもわかるとおり、今後の国際社会の行方を占ううえで最も重大な視点は、ドルの未来である。ウクライナ支援のあり方や、調停タイミングの評価なども、その点の評価を度外視したままでは、決して論じることができない。
いずれにせよ重大な内容に関するトランプ大統領の考えを引き出した質問は、とても良かった。日本でも、選挙などの機会ごとに、こうしたやり取りを見たいものである。
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