トランプさん、Shake It Off(気にするな)

米東部ペンシルベニア州フィラデルフィアで開かれた大統領選のテレビ討論会を11日早朝(ウィーン時間)、米ABCのライブ放送を中継したオーストリア国営放送を通じて観た。米大統領選は今年11月5日に実施されるが、投票日まで2カ月余りを残すのみとなり、民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の初の直接対決に大きな関心を呼んだ。

米大統領候補者のトランプ前大統領とハリス副大統領のTV討論会(2024年9月11日、独ARD「ターゲスシャウ」の動画からスクリーンショット)

約90分の討論では最初は経済問題だった。米国民が高騰するインフレに悩んでいる時だけに、視聴者の最も関心があるテーマだ。そして移民問題、中絶問題、環境問題などのテーマごとに両者は答えた。欧州の米専門家によると、討論が開始されて最初の約20分間はハリス氏がややトランプ氏に押され気味だったが、徐々に討論の雰囲気に慣れてきたこともあって、トランプ氏と対等に討論を展開させていた。

両候補者は10日の対面討論のためホテルに籠って準備してきたといわれるだけに、両者の返答には大きなサプライズはなく、失点もなかった。画面を見て不思議に感じたのはトランプ氏は討論開始前にハリス氏と握手を交わしただけで、討論中は一度もハリス氏に顔を向けて語らなかったことだ。多分、アドバイサーからハリス氏を余り批判しないこと、ハリス氏を自分と対等の競争相手ではないという印象を与えるため、ハリス氏を意識的に見ないようにしていたのではないか。ハリス氏は返答する時、司会者とトランプ氏側に顔を向け、時には笑顔を見せて話していたのとは好対照だった(「なぜハリス氏はいつも笑っているのか」2024年8月25日参考)。

討論ではハリス氏の米国社会へのビジョンについて、トランプ氏は「あなたはバイデン政権下で副大統領だった。米社会を改善する案があったならば、副大統領の3年半でなぜそれを実行しなかったのか」と辛らつに問う一方、ハリス氏は「トランプ氏は起訴中の人物だ」という事実を繰り返し確認すると共に、「あなたは嘘をついている」と厳しく追及するなど、双方が感情的な言葉で批判していた。いずれにしても、両者の討論でどちらがよりポイントを取ったかは、聞き手の政治的信条によって異なるだろう。はっきりとしている点は、両者には大きな失点はなかったが、ビッグポイントもなかったということだろうか。

ところで、サプライズは討論会ではなく、別のところからやってきた。討論会直後、世界的人気の米国のポップスター、テイラー・スウィフトさんが「自分はハリスさんを支持する」と明らかにしたのだ。ポップスターといってもスウィフトさんの場合、その影響力は抜きんでている。トランプ氏にとっては残念なニュースであることは間違いない。フィルム、エンターテイメントの世界を主導するハリウッド界の圧力があったのだろうか。スウィフトさんを世界的スターにするためサポートしたのは両親であることはよく知られている。ポップスター・スウィフトさんの今回の発言が10日の討論会直後に発信されたのも、政治的な思惑が見え隠れする(「スウィフト・クェイク(地震)」発生」2023年8月1日参考)。

一方、トランプ氏にも大統領選に無所属候補として出馬していたロバート・F・ケネディ氏が先月23日、選挙戦から撤退表明し、トランプ氏支持を表明したばかりだ。ケネデイ氏を支持してきた有権者がトランプ氏支持に回れば、トランプ氏にとっては大きな支援だろう。

ちなみに、国際刑事裁判所(ICC)がウクライナ戦争での戦争犯罪者として逮捕状が発布されているロシアのプーチン大統領は5日、ウラジオストクで開催されている東方経済フォーラムの場で司会者から米大統領選について質問された時、「自分はカマラ・ハリス氏を支持する」と述べている。6日になると、米共和党のブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニー氏が「11月の大統領選で民主党のカマラ・ハリス副大統領に投票する」と明らかにするなど、異例な政治家のハリス支持が飛び出してきている。ハリス選挙陣営は大歓迎しているだろうか、それとも戸惑いを見せているだろうか、当方は後者ではないかと推測する。

参考までに、ケネディー氏、チェイニー氏、プーチン大統領、そしてスウィフトさんの一連の支持表明の中で選挙に最も影響を与えると見られているのが若い世代に圧倒的な人気のあるスウィフトさんのハリス支持だ。その点で多分、米国のメディアはほぼ一致しているだろう。トランプ氏陣営も舞台裏でスウィフトさんの支持を得ようと腐心していたのだ。

トランプ陣営にとってスウィフトさんのハリス支持は残念だったが、トランプ氏は選挙集会で射撃を受け耳を負傷した時、「ファイトだ」と支持者に向かって叫んだことを思い出してほしい。窮地に強いトランプ氏だ。ソーシャルメディアに「shake it off」(嫌なものは振り払え)というスウィフトさんのヒット曲の歌詞を口ずさむ自身の写真を投稿したらいいだろう。米大統領選挙まで2カ月余りだ。まだまだ、多くのドラマが生まれてくるだろう。

テイラー・スウィフト氏インスタグラムより


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。