なぜハリス氏はいつも笑っているのか

ドイツ民間ニュース専門局ntvで米民主党全国大会の中継を観ていた時、家人が「ハリスさんはいつも笑っているわね」と少々不思議そうに言った。当方もハリスさんの笑い癖には気が付いていた。毎日が嬉しいことばかりで、幸せならば笑顔の一つぐらいは飛び出すが、ホワイトハウスで副大統領という重責を担うハリス氏がいつも楽しいということはないだろう。責任の重さにつぶれそうになる日もあっただろうし、政敵やメディアから厳しい批判の声も耳に入るだろう。59歳のハリスさんがいつも楽しく、笑顔が絶えない日々を送っているとは想像し難い。ハリスさんに向かって、「あなたはいつも楽しいのね」と言えば、ハリスさんは侮辱されたと受け取るだろう。

大統領候補指名受諾演説で笑みを振舞うカマラ・ハリス副大統領(2024年08月22日、UPI)

ハリスさんが笑顔を見せる時は、テレビやカメラがハリスさんの方向に向けられている時だけではない。民主党全国大会の前からハリスさんは頻繁に笑い顔を見せていた。バイデン大統領の傍でも常に笑顔を見せていた。ハリスさんの笑顔は決してインスタントではなく彼女の顔に刻み込まれている、といえるかもしれない。

ハリスさんの笑顔は彼女のトレードマークとなっている。苦々しい顔をしながらホワイトハウスから姿を見せる大統領や副大統領より、笑顔の大統領を観たいのは米国民も同じだろう。ハリスさんが大統領候補に選出されて以来、彼女のプロフィールが不明だ。何を考えているのか伝わってこない、といった声がメディアで報じられた。そのような時、ハリスさんの生来の笑顔は批判的な人からは不気味だ、といった声も聞かれた。黒人のエリート大学で学び、カルフォルニア州司法長官にも就任したハリスさんに対し、「彼女は馬鹿だ」という誹謗すら共和党から飛び出してきた。あれも、これもハリスさんの笑顔が敵対者には誤解されやすいのだろう。

シカゴで4日間開催された米民主党全国民主党は22日、ハリス副大統領の大統領候補指名受諾演説で幕を閉じた。彼女の演説を傾聴していた独ケルン大学政治学者のトーマス・イェーガェ教授は23日、「彼女の演説内容はバイデン大統領の政策をコピーしたようなものだった。『党派、人種やジェンダーに囚われない、全ての国民の大統領になりたい』とか、『中間層の国民を支援する政治』といったセリフはバイデン氏が語っていたものだ」と指摘していた。

リベラルなメディアはハリスさんの演説を評価したが、ハリスさん独自の政策は見いだせなかった。ただ、ハリスさんの演説の中でトランプ氏への批判だけは元検事出身らしく厳しいトーンがあった。トランプ氏の支持者による2021年1月の連邦議事堂乱入事件に言及し、「トランプ氏の再選は深刻な結果をもたらす」と警告を発していたのが印象深かった。

党大会直後の各種の世論調査結果では、ハリス氏がトランプ氏を数ポイント、リードしている。ドイツでの電話調査によると、ドイツ国民の約90%がハリス氏の当選を希望しているという結果だった。ドイツではトランプ嫌い、民主党支持が強いから、調査結果はサプライズではない。

党大会では著名な俳優やスティ―ヴィー・ワンダーやピンクなどの歌手たちが総動員され、有名な司会者オブラ・ウィンフリーさん、オバマ・クリントン元大統領らがハリス支持を表明した。党大会は政治集会というより、エンターテインメントだ。ハリウッドスターのメッセージや有名な歌手たちの歌の合間に元大統領、ウォルズ副大統領候補者らの演説が入るといった感じだ。その点、前回の大統領選とは大きくは変わらないが、トランプ氏の再選を阻止するという目標で民主党大会はこれまで以上に団結している、という印象を受けた。

バイデン大統領が再選出馬を断念する前まで、米民主党は「もしトラ」の悪夢に悩まされてきた。バイデン氏の再選断念、ハリス氏の大統領候補が決まったことでトランプ氏を破ることが出来るのでは、という感触を得たのだろう。

一方、トランプ陣営はバイデン大統領からハリスさんに攻撃対象が変わったこともあって、選挙戦略に苦慮している。メディアを通じて聞こえる声は、ハリス氏は有色出身だ、左翼でリベラルな政治家だ、といった一辺倒な批判に終始。そのトランプ陣営の選挙戦に危機を感じた共和党議員や関係者から「選挙戦略を変えるべきだ」という声が出てきた。その一人、元米国連大使のニッキー・ヘイリー女史は右派系テレビ局フォックス・ニュースで、「ハリス氏がどの人種に属するかや、彼女が愚かだと批判することで選挙に勝つことはできない。アメリカ人は賢い人々だ。彼らに対して賢い人々として接するべきだ」と訴えていた。

いずれにしても、来月10日に実施される東部ペンシルベニア州フィラデルフィアでの大統領選テレビ討論会で、トランプ氏とハリスさんが初めて対面討論するので、両者の主張のどちらに軍配が上がるか注目される。

ハリスさんの笑い顔に戻る。米国の哲学者ウィリアム・ジェームズ「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ」と語っている。米国ではインフレ問題と移民問題が最大の課題だ。一部の富裕な国民やエリートとは違い、多くの米国民は高騰するインフレに悩まされている。笑う機会も少なくなってきた。ハリスさんの生来の笑顔がそれらの国民にポジティブに受け取られるか、それとも反発を呼ぶかは目下不明だ。

ドイツの高級誌ツァイト電子版は23日、「米民主党の熱気や団結がいつまで続くかが問題だ。通常、時間の経過と共にそれらの熱意は消えていく。米大統領選まであと10週間余りとなった。選挙戦はこれから本格的に始まる」と冷静に論じていた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年8月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。