プーチン氏は情報の完全統制を目指す

「複雑な多極化のプロセスが進展する時期において、情報の信頼性の原則を守ることが特に重要だ。異なる意見を反映する真の言論の自由は、世界の問題に対する妥協点や共通の解決策を見つけるための手段を提供する。公正な世界秩序の発展において、メディアは人々に世界の客観的で歪みのない姿を伝えるという重要な役割を果たしている」

ロシア大統領はコンスタンティヌス宮殿で安全保障問題を担当するBRICS諸国の高官代表と会談(2024年09月12日、クレムリン公式サイトから)

格調のあるテキストだ。内容もメディア関係者が聞けば嬉しくなる。ところで誰のスピーチかというと、ロシアのプーチン大統領が14日、モスクワで開催されたBRICS諸国のメディアサミットに向けたビデオメッセージで、国営通信社TASSの創立120周年を記念して語ったものだ。

「あのプーチン氏が・・」。当方はオーストリア国営放送(ORF)のサイトで上記の記事を見つけた時、正直いって驚いた。記事のタイトルは「クレムリンの主人、プーチン氏、言論の自由を強調」だ。最近はフェイク情報が多いから、ORFの記事もひょっとしたらフェイクではないかと思ったほどだ。記事は短いが、その内容を読むと、全て頷ける。問題は「プーチン氏はKGB出身で、言論の自由を弾圧してきた人物だ。そのプーチン氏が堂々とあのようなスピーチが出来るのか」だ。だから、どうしてもプーチン氏の心理状態に関心がいく。

プーチン氏が権力を握るロシアでは、言論およびメディアの自由は何年も前に失われている。政府の方針に沿わないメディアは禁止され、閉鎖された。政権に反対する者たちは司法によって追及されている。ロシアの通信社TASSは1904年に設立され、現在ではロシア最大のニュース通信社であり、政府の代弁者として知られている。

プーチン大統領は2022年2月、隣国ウクライナにロシア軍を侵略させ、これまで数多くの民間人、女性、子供たちが犠牲になった。同大統領はロシア国民に向かっては「特別軍事作戦」と説明し、「戦争だ」と主張する者やメディアが出てくれば、即拘束、ないしは追放した。プーチン氏にとって「言論の自由」も「戦争」の定義も全て恣意的に操作でき、国民を自分が考える世界のナラティブに無理やりに押し込む。

その一方、メディアを武器にさまざまな情報操作を行っている。米国政府は12日、ロシア国営テレビ局「RT」に対して「世界各国の主権問題に干渉している」と非難した。ブリンケン国務長官は「新たな情報により、RTがサイバー能力を持ち、隠密な情報操作や影響力行使作戦に関与しており、ロシア軍と緊密に連携していることが分かっている」と述べている。

ブリンケン国務長官は、RTに対する追加制裁を発表したばかりだ。米国務省によると、RTは「ロシア政府の直接的な一部」として活動しており、単に偽情報を広めるだけでなく、「ウクライナ戦争におけるロシア政府の情報機関および作戦の完全なメンバーだ」というのだ。

ところで、欧米メディアでは、プーチン氏はウクライナと停戦交渉に応じるのではないか、といった憶測情報が流れている。しかし、プーチン氏は今月2日、シベリアの学校で行った新学期の「公開授業」で子供たちを前に、「ゼレンスキー政権の越境作戦はロシアのドネツク州解放の妨害が狙いだ」と断定。「ウクライナ側の越境攻撃は奏功せず、ロシアは逆にこう着していた前線で占領地を平方キロ単位で広げている」と豪語している。そして「ウクライナの越境作戦は、ロシア国民の愛国心を高揚させ、メディアによると、モスクワで1日当たりの兵役採用人数が倍増した」と強気の姿勢を崩していないのだ。

ウクライナにロシアへの長距離ミサイル攻撃の使用を認めるかどうかで、ワシントンで13日、バイデン米大統領と英国のスターマー首相が協議したばかりだ。それに対し、プーチン氏は「西側武器によるロシア攻撃はロシアとの戦争を意味する」と威嚇し、西側の長距離ミサイルのウクライナ供与は新たなレッドラインだと示唆している。

ちなみに、ドイツの軍事専門家は「プーチン氏はこれまでも何度かレッドラインを提示して威嚇してきたが、実際には何も行っていない」と指摘、プーチン氏の発言を過度にシリアスに取り過ぎるべきではないと忠告している。すなわち、プーチン氏は‘戦略的曖昧さ’を駆使しているのだ(「戦略的『曖昧さ』が引き起こす不安」2024年6月4日参考)。

「ヨハネによる福音書」の有名な聖句、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」と記されているが、プーチン氏はあたかも生き神のように、ロゴス、言葉とその意味を自分勝手に操作している。旧ソ連共産党が構築した共産主義専制政治を改革しようとしたゴルバチョフはペレストロイカ(再建)とグラスノスチ(情報公開)を始めたが、その途上で失権した。プーチン氏はここにきて言論・情報の完全な管理、統制に乗り出してきている。モスクワから発信される発言、言葉には、これまで以上に慎重になるべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。