中国とバチカン「暫定合意」3度目の延長

バチカン教皇庁は年内にも中国共産党政権との間で締結した司教任命権に関する暫定合意をさらに2年間延長する予定だ。フランシスコ教皇は13日、中国との対話について、「満足している。結果は良好で、司教の任命に関しても、善意をもって協力している」と述べている。

中国のイエズス会とのインタビューの中で、訪中の希望を吐露したフランシスコ教皇(バチカンニュース2024年8月9日から)

中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「中国天主教愛国会」が行い、国家がそれを承認してきた。一方、ローマ教皇に信仰の拠点を置く地下教会の聖職者、信者たちは弾圧され、尋問を受け、拘束されてきた。その期間が長く続いた。

バチカンは司教任命権を主張し、「天主教愛国会」任命聖職者の公認を久しく拒否したが、2018年9月22日、中国側の強い要請を受けて、愛国会出身の司教をバチカン側が追認する形で合意した。暫定合意(ad experimentum)はバチカン側の譲歩を意味し、中国国内の地下教会の聖職者から大きな失望の声が飛び出した(「バチカンが共産主義に甘い理由」2020年10月3日参考)。

その後、バチカンと中国共産党政権は2020年9月に暫定合意の延長を決定し、22年に再度延長した。欧米諸国では中国の人権蹂躙、民主運動の弾圧などを挙げ、中国批判が高まっている時だけに、バチカンの中国共産党政権への対応の甘さを批判する声が聞かれた。

バチカンは中国共産党政権とは国交を樹立していない。中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。ちなみに、バチカンは台湾と1942年以来、外交関係を樹立している数少ない国だ。

バチカンは過去、中国のカトリック教会が「愛国会」所属と地下教会に分裂していることを憂慮し、その克服のために腐心してきた。バチカンのナンバー2、国務長官のピエトロ・パロリン枢機卿は2018年2月、イタリア代表紙ラ・スタンパとのインタビューの中で、「バチカンは中国の国家機関の改革を要求する考えはない。大切な点は信仰だ。地下教会信者たちを犠牲にする考えはない。ただし、バチカンは中国共産党政権といつまでも対立関係を続けていくことはできない」と述べ、中国との間でなんらかの解決を模索していることを示唆していた。ちなみに、愛国会に所属する信者、聖職者は約600万人と推定されている一方、ローマに忠実な地下教会の信者、聖職者数も600万人ぐらいと見られている。

ところで、バチカンニュース(独語版)は15日、フランシスコ教皇の「中国との対話に満足している」という発言に対し、「キリスト教的現実主義の表れ」と解釈し、バチカンと中国共産党政権間の暫定合意への批判に反論を呈し、暫定合意後のバチカンと中国共産党政権との歩みを紹介している。

暫定合意以降、①中国のカトリック教会の全ての司教はローマ教皇と完全に一体化し、教皇の合意なしでの司教叙階はなくなり、1950年以降、愛国会系とバチカン系の教会信者間の分裂も解除されてきた、②過去6年間で中国では9人の新しいカトリック司教が叙階された。同期間中に、過去に中国当局が定めた手続き外で叙階された「非公式」の司教8人も北京の政治当局から承認された、③中国から2018年と2023年に2人の司教がローマで行われた司教会議に参加した。そのほか、中国本土からカトリック信徒のグループがリスボンでの世界青年の日に参加し、教皇と直接対面した。また、複数の中国の司教がヨーロッパやアメリカでの会議や教会の共同体の集いに参加する機会も得た、等々だ。

バチカンニュースは最後に、「政治的および社会的にさまざまな制約があるにもかかわらず、中国の教会生活は通常通り続いている。長年の不確実性と分裂の後、安定を取り戻した教区もあり、その変化は聖座と政府当局との対話によってもたらされた」と総括し、暫定合意の意義を強調している。

フランシスコ教皇は、中国のイエズス会士とのインタビューで、中国を訪問したい意向を表明し、中国で司教や神の民に会いたいとも述べ、「彼らは多くの困難を乗り越え、忠実であり続けている。中国の全ての人々は忍耐の名人であり、彼らは希望のウイルスを持っており、それはとても美しいことだ」と語っている(バチカンニュース2024年8月9日)。

なお、パロリン枢機卿は「教皇は確かに中国を訪問する準備ができているし、訪問を望んでいるが、今のところ、教皇の願いを実現する条件が整っているとは思えない」と指摘、近い将来のフランシスコ教皇の北京訪問はないと述べている。

バチカンが忘れてはならない点は、中国共産党政権の習近平国家主席は2012年に権力を掌握した後、「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018~2022年)を実施してきたことだ。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)が狙いだ。それは新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「天主教愛国会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている。フランシスコ教皇は中国共産党政権の正体を見誤ってはならない。中国の為政者たちは時が満ちればその本性を現すからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。