感情を爆発できるトランプ氏は手強い

2024年は選挙のスーパー年と呼ばれてきた。一年の8カ月が過ぎたが、ウィーンに駐在している当方は今年に入り、欧州議会選、ドイツのザクセン、テューリンゲンの両州議会選をフォローしてきた。9月22日はドイツのショルツ連立政権の運命を決めると予測されているブランデンブルク州議会選だ。その1週間後の29日にはオーストリアの国民議会選が実施される。今年は選挙戦の政治家の発言を例年になく多く聞く機会があったことになる。

選挙戦中のハリス副大統領(左)とトランプ前大統領(UPI)

欧州議会選では欧州連合(EU)27カ国で選挙が実施され、投票が終わり、当選した政治家は新しい気持ちと決意でその任務に邁進されていることだろうと推測するが、当選した政治家のその後の動向はブリュッセルからは残念ながら国民にはあまり届かない。便りがないのはいい知らせといっても、政治家の場合は少しは違うはずだが、当選した政治家は選挙戦に全てのエネルギーを投入したこともあって、ここ暫くは有権者への関心は低下するのかもしれない。

欧州議会選ではオーストリアの「緑の党」から立候補した若い女性政治家が選挙中、虚言癖がメディアに暴露され、激しくバッシングされた。幸い、党筆頭候補者でもあったので当選し、晴れてブリュッセルの政治家になった。その彼女は当選した直後、「これからは欧州議員として環境保護問題に専心したい」と抱負を吐露していたが、その後はメディアの関心が少なくなったこともあって、彼女のブリュッセルでの活躍はほとんど聞かない。

選挙戦での政治家の発言では一定のパターンがある。野党候補者は与党の政治を激しく追及し、その失政を批判することに重点を置く。一方、与党の候補者は野党からの批判に対して弁明する一方、現職与党の強みもあって、社会福祉関連の支援策を新たに提示して有権者にアメを提供する。選挙後は与党も野党も選挙戦での発言を忘れ、公約を忠実に実行する政治家は残念ながら多くはいない。それが有権者の政治への不信となって跳ね返っていく、といったパターンだろうか。

オーストリアでは29日、ネハンマー現政権の任期満了に基づいて総選挙が行われる。ただ、ここ数日、大雨と洪水に襲われ国内の一部で緊急事態が発生したこともあって、選挙戦は一時休戦となっている。多分、今週後半から再び選挙戦が始まるだろう。被災地を視察しているネハンマー首相は早速、緊急災害援助基金を発表し、被災地の国民に支援を約束していた。

オーストリア国営放送(ORF)は与野党の政治家をスタジオに招いて討論会を開催している。与党「国民党」党首のネハンマー首相と野党の社会民主党のバブラー党首との討論会では双方が相手の発言に対抗し、自分の政策を喋り出す。司会者が次のテーマに移そうにも双方の発言を止めることが出来ない、といったシーンが見られた。多く発言すれば、それだけ選挙では有利となるとでも考えているのかもしれないが、視聴者にとっては煩いだけだ。別の番組にスイッチを変える視聴者も多かっただろう。

政治家は選挙戦期間は普段以上に饒舌となるものだ。実行できるか否かのファクトチェックは後回しとなって、有権者が聞きたい内容をできるだけシンプルに話す。その分野では極右政党「自由党」のキックル党首はずば抜けている。だから、キックル党首が出席する討論会の視聴率はいつも高い。国民は自分が考え、願っていることをズバリ語ってくれる政治家を好むものだ。

大西洋を越えて米国では11月5日、米大統領選挙が行われる。選挙のスーパー年のハイライトだ。民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の間で激しい選挙戦が展開中だ。米大統領選は欧州の選挙とは明らかに異なる。国を2分した文字通り民主党と共和党の戦いだ。その戦場では多くの誹謗、中傷が飛び交い、選挙戦が終わり、当選者が決定する頃には戦場には多くの死体が横たわっている。当選した大統領は「私は全ての米国民の大統領になりたい」と宣言して、政敵に和解を呼び掛けるといったパターンだ。なお、トランプ氏は最近、2回目の暗殺未遂事件に遭遇したばかりだ。文字通り、米大統領選はあらゆる次元での戦いが舞台の表と裏で展開しているわけだ。

ところで、トランプ氏は「自分はテイラー・スウィフトさんが大嫌いだ」という発言をソーシャルメディアに流した。スウィフトさんがハリス副大統領を支持すると表明したことへのトランプ氏らしいメッセージだ。スウィフトさんのハリス支持に対して多くの支持メールが届いている。トランプ氏はスウィフトさんのハリス支持を無視できないのだろう。

「自分はスウィフトさんが大嫌い」と発信したトランプ氏は賢明ではなかった。トランプ氏の発言を聞いて、多くの人は「トランプ氏は子供っぽい人間だ」と冷笑するだろう。にもかかわらず、トランプ氏は自分の不満を隠すことができなかったのだ。

ところで、自身の感情をストレートに爆発するトランプ氏のような政治家は米民主党関係者にとっては怖い。米民主党を含む多くの政治家は自分の感情を隠し、権謀術策をめぐらすのが常だ。その点、米実業家イーロン・マスク氏とトランプ氏はよく似ている。「人間は理性ではなく、最終的には感情で動かされる存在だ」という賢人の言葉は当たっている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年9月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。